魂色

作者:七凪臣

●誰が末路
 間接照明が照らすだけだった仄暗い部屋は、壁に開いた大きな穴から突き刺してくる初夏の日差しに灼かれていた。
 否、オフホワイトの壁に多くの絵画が飾られていた室内をやくのは光だけではない。僅かな物だけを除き灰燼に換える炎も、赤々と焼いている。
 アンティークな金色の額に収められた絵画が支えを失くし大理石の床に落ちる音を聞きながら、青年は出口に殺到する人々を掻き分ける。
「なんで、なんで!」
 死を間近に感じる恐怖に、彼の口からは応え望めぬ問いが繰り返されていた。
 彼はただ、恋人と共に絵画鑑賞に美術館を訪れただけ。
 だがそこで、未曽有の危機と遭遇した。
 突如、外側からの衝撃に建物が崩壊を始め、そこかしこで火の手が上がったのだ。
「退けよ、邪魔だ――っ!」
 一向に流れ出る気配のない人波の塊へ、青年は苛立ちをぶつけるように体当る。が、満員電車から弾き出されるように彼は鑪を踏んで後ろへ転がり尻もちをついた。
 直後、頭上から迫り来る影に青年は息を飲む。避ける暇はなかった。
「……っ、……!?」
「はい、みーっけ」
 先刻まで天井であった瓦礫に下半身を潰され青年は呼気だけで呻き――すぐ傍らからかかった声に瞠目する。
「イイねぇ、イイよ。自分が良けりゃ後はどうでもイイって感じの醜さ。実にイガット様好みだぜ」
「……は?」
 そこに居たのは、どろりと溶けたタールの翼を持つ異形だった。
「澱んだ魂、貰い受けてやるよ」
「……え?」
 ヴンっと低く鳴って閃く刃を視野に、青年は走馬灯を視る。驚きに竦んだ恋人を振り返る事無く逃げ出し、よろめく老女を押し遣り出口へ向かった己の姿を。転倒した子供を踏み越えた自分の醜悪さを。
 そこで青年の命はぶつりと途絶えた。
「っち、外れかぁ。ま、次だ次」
 酷薄な残響さえ、聞くことなく。

●黒き者、襲来
 ヴァルキュリアに代わり死の導き手となったシャイターン達が、多くの一般人がいる建物を崩壊させ、その事故で死にかけた人物を殺めエインヘリアルにしようとする事件を起こしている。
 イガットという名のシャイターンが、とある美術館で起こす惨事もまた、この事件の一つ。
 さる欧州画家の展覧会での悲劇は予知されこそしたが、その筋道を大きく違えぬ為に――つまりが襲撃場所が変わってしまわぬように――訪れている人々を避難させる事は出来ない。
 故にケルベロス達は事前に美術館に潜入し、まずは襲撃が発生するのを待つ必要がある。その後、避難誘導や、崩壊を止める為のヒールを施し人的被害の回避措置をとった上で、『選ばれし者』の元へ向かいシャイターン撃破に挑む事になる。
「選ばれた青年は、僕には優し気な人物に視えました」
 黒地に赤のボーダーが一本入った小洒落たデザインリュックを背負ったやや細身の青年の『見目』をそう評したイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)が首を傾げたのは刹那、ヘリオライダーに目覚めたばかりの少女は丁寧な口調で戦うに必要な情報を詳らかにしてゆく。
 事が起きる美術館は幾つかの展示室に分かれているが、狙われるのは最も大きな展示室。
 パニックになった人々は、定められた順路の先にある出口か、潜ったばかりの入り口に殺到するが、要所要所に避難口があるので、そこを利用できたら混乱は最小限に抑えられるはず。
 イガットが最初に破壊するのは、目玉と言える巨大な絵画が掛けられた東側の壁で、その後はそこを起点に天井を崩落させてくる。
「青年は脇目も振らずに出口へ向かい、人波に押し返されて転倒します。皆さんはこのタイミングで彼を救出して下さい。事が全て上手く運んだなら、一つの命も失わずに済むでしょう」
 ケルベロスの皆さんなら、きっと。
 全幅の信頼で話を締め括り、イマジネイターはケルベロス達を戦地へと誘う。

 人の本質は、思わぬ時に顔を出す。
 あなたの魂は、何色ですか?


参加者
佐藤・みのり(仕事疲れ・e00471)
テレサ・コール(ジャイロフラフーパー・e04242)
鷹野・慶(業障・e08354)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
白石・翌桧(追い縋る者・e20838)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)

■リプレイ

 夜天に瞬く星にも似る青みを帯びた銀の眼へ、天の川のように流れる人波を映し、藍染・夜(蒼風聲・e20064)は想う。
 死に際に遭って、他に目を向けられる者がどれほどいるだろう?
 抗い得る術を持たぬなら、尚更に。
 だからこそ、魂色も暴かれようというものなのに。

●由無し
 名の有る屋敷や一部界隈ならともあれ。美術館という現代日常に在って、メイド姿は耳目を集めるもの。それが年端も行かぬ少女であれば尚の事。
 故にこそ、テレサ・コール(ジャイロフラフーパー・e04242)の感情の色無い表情と凪いだ声での警鐘は、音量以上によく響いた。
「皆様、落ち着いて下さいませ」
 館内構造は把握済み。大凡の人の流れも、事前に確認出来ている。
『藍染さん、そちらへ押し寄せるはずです』
「了解。そちれも気をつけてくれ」
 無線機越しに佐藤・みのり(仕事疲れ・e00471)から避難する一団の移動予測を受け取った夜は、待機位置のすぐそばにある非常扉を開け放つ。
「子供とお年寄りには手を貸して貰いたい。慌てなくていいよ、必ず助かるから」
 悲鳴や怒号の合間に割り入る夜の声も、落ち着き払い。耳馴染みの良い音階に、人々の混乱もやや収まる。
 敵――シャイターン『イガット』の襲撃は既に始まっていた。
 最初に砕かれた壁に掛かっていた巨大な絵画は、美と歴史の価値を失っている。その無残な姿を背に、鷹野・慶(業障・e08354)は古代語魔法を繰る。
「じっとしてろよ。絡まったら困るだろ?」
 織り上げた魔力の帯は自在に伸び、落下しかけた天井を元の形に押し留めた。そして慶は、連れるウイングキャットのユキが周囲の罅を補強するのを横目に、受けたショックに蹲る少年の元へ走る。
「俺達ケルベロスがいるんだ、平気に決まってる」
「は、はい」
 無愛想を装いながらも隠しきれない人懐っこさに、顔を上げた少年の瞳に活力が沸く。
 此処は慶とユキに任せて大丈夫だろう。セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)はそう判断すると、光の四枚翼を背に広げた。
「それじゃ、私は向こうを手伝いに行くわね」
 ひらり、人々の頭上と天井の合間をヴァルキュリアの少女は華麗に飛翔する。その光の軌跡は奇跡の到来を予感させ、居合わせた者たちへ一層の安心感を抱かせた。
「お怪我はない?」
 ヒールに割く手を一時中断し、転んだ老女を抱え起こしたアウレリア・ドレヴァンツ(白夜・e26848)は真白く微笑む。
「大丈夫よ、出口はもうすぐそこ。絶対に助かるから」
「ありがとう。そうだね、私たちも諦めちゃいけないね」
 儚げな少女が発する凛とした風に、老女は理性と根性を総動員して整然とした人波に乗る。
 持てる力を最大限に活用したケルベロス達の尽力は、人々の混乱を最小限に抑えるのに成功していた。
「――分かった」
 無線機から飛び込んでくる仲間の声を整理して、白石・翌桧(追い縋る者・e20838)は拡声器を下げると、避難誘導を手伝って――本来は正しく彼らの役割なのだろうが――くれていた美術館スタッフの肩を叩く。
「見当は付いた。後は任せていいか?」
「お任せ下さい!」

「だ、大丈夫でした、か?」
 特徴的なデザインリュックをずっと追っていたウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は、それを背負う青年が尻餅をついた直後、彼へ走り寄った。
 タイミングよく表れた女に、彼は狼狽しつつも「ありがとう」と謝辞を告げる。
「お一人、です、か? お連れの方、などは?」
「っ!」
 ウィルマの問いに、青年の肩が跳ねた。だが、これ以上の会話の間はない。
「っち、メンドーなのが出て来たな!」
「させないの」
 計画に邪魔が入ったのを知ったイガットが憂さ晴らしに炎弾を放ち、ウィルマと青年、そして炎弾の間にアウレリアが身を晒す。
「君も行け」
 密やかにウィルマに守られていた青年へ、駆け付けた夜が言う。声音は、先ほどまでと変わらない。けれど寄越された鏡のような凍銀の一瞥に、青年の顔が青褪めた。
 誰も彼を責めてはいない。
 けれど突き付けられた平常心こそ、彼を穿つ刃。
「今にも死にそうな状況で、他者を思い遣れる人間はそういないだろうけどね」
 一転、未だ中空に浮くコールタールの翼を仰ぎ、夜は挑発する。
「だが、それが敵の望みなれば叶えてやる由もない。芸術を解せぬ無粋な輩の成敗を」

●影
(「俺は人間より絵の方が心配なんだけど」)
「ま、仕事はキッチリやるさ」
 父親譲りの金瞳を煌かせ、慶は黒い翼を地に縫い付けようと黒の残滓をけしかけた。
 形成される、何もかも丸飲む口。
「クソッ、本当にウゼェ――なっ」
 縛められたイガットも、負けじと剣を振るう。狙いは、既に一撃呉れているアウレリア。けれど剣閃より、テレサが庇いに入る方が僅かに早い。
「あ、あいかわらず、よい趣味をなさっています、ね。あの人たち。一向に、うまく兵隊さんを増やせてない、ようですけれど」
 打ち据えられても悲鳴さえ漏らさぬ少女を含めた前線へ、盾の加護を兼ねた癒しを齎し乍らウィルマは敵を嘲る。
「そりゃー、テメーらが邪魔するからだろっ」
 ウィルマに従う頗るふくよかな翼猫――ヘルキャットの清き羽ばたきに目もやらず、シャイターンは批難を唸った。しかし真の魂の導き手たるセリアにとっては、そんな言い訳すら愚行の極み。
「魂の形を推し量ることは選定者として正しい行いと言える――だけれど、お前の仕事は二流ね」
 セリアに、宝石の眠りに就く以前の記憶の記憶は無い。が、シャイターンとは反りが合わなかった気がする少女はイガットを冷たく侮蔑すると、その想いの侭に敵の頭を割り砕く勢いで戦斧を叩きつける。
「本質が淀んでいようが、理性で抑える事が出来るなら。それはまともな人間だと思いますが……」
 叶うなら、合流以前に命中精度を上げる力を使っておきたかったところだったが。一度開かれた戦端は、その余裕をみのりに許さず。
「いずれにしろ、このような凶行は阻止しないといけませんね」
 けれどアウレリアから齎された破壊力底上げの加護は、日頃のOL勤めの疲れさえみのりに忘れさせるようで。
「おいで、グラリナ。今日の遊び相手はあの人ですよ」
 初手から渾身。みのりは地気を纏うオコジョのエネルギー体を召喚すると、イガットへ奔らせた。
「当たれっ!!」
 続くテレサも、ジャイロフラフープ内から弾丸を撃ち出す。みのりとテレサ、其々のとっておきは威力に長け、いきなり敵の命を大きく削り取る。
「大丈夫だったか?」
 傷を癒す力を注ぎつつ、いきなり盾と飛び出したアウレリアへ翌桧が問えば、気丈な娘は「平気」と伏し目がちに微笑む。
「危ない事はしないよ」
「それは良かった」
 少女の応えに、夜も安堵を零す。けれどその言葉とは裏腹に、アウレリアの貌には拭いきれない影があった。

●魂色
 青年は、恋人を見捨て、己より力のない者を『邪魔』と排除しようとした。
(「わたしにはわからない」)
 様々な絵画が見つめる戦場を鳥のように軽やかに舞うアウレリアの心中は、疑問符で埋め尽くされる。
 どうして誰かを押し退けてまで。
 そこまでして何故、生きたいと思うのか。
(「お母さまの生命を代償にした、私には……」)
 静かな紫の双眸に、アウレリアは唯、敵を捉える。そうすることで、込み上げる記憶に封をする。戦う為に、強がる為に。
「ねぇ、わたしの魂は――」
 一息の間にイガットとの間合いを詰め、至近距離でアウレリアは問うた。
「何色かしら?」
 知れるなら、知りたい。大切なひとの命を代償に、力に目覚めた者の魂は何色に染まるのか。
「教えてやろうか?」
 シャイターンの下卑た顔が、意味深に笑う。
「、っ」
 一瞬、アウレリアの気持ちは揺れた。けれど、澱む眼の応えの信憑性の無さは重々承知。
「――夢も視ずに、眠って」
 アウレリアは答を欲する代わりに棘纏う蔓を招き、白く小さな花を咲かせる。可憐ながら強かに咲いたそれは、茜の紅に色付きイガットの視界を埋め砕け散った。
「自分の本質は、自分が一番よく解ってる」
 慶は消えゆく紅の残滓の中心を見据え竜語魔法を唱えながら、人々を安全に逃がす為にヒールに尽くした時間を思い出す。
 慶の意識は、人々よりも絵の方に向いていた。美しい芸術品が崩れるなど、許しがたき事。
 それほどに慶は絵画を愛している。描くことも、観ることも。
 けれど慶の身体は意識が判断するより早く、人々を守ろうと動いた。動いてしまった。
(「つまり」)
「そういうことだ」
 本当は、認めたくない。でも魂の高ぶりに任せ、慶はドラゴンの幻影をイガットへ向け解き放つ。
 きっと慶の魂色は、優しく温かな色だろう。対し――。
(「私は無、なのだろう」)
 避難誘導にかける手間は一切惜しまなかった夜なれど、彼の裡は人命よりも芸術品が失われる方を惜しんでいた。
 何にも染まり得ぬ、無色。これ以上、欠けた器の本質に相応しい彩もあるまい。
 果たして真実は無明の闇の、その先に。しかし求める気もない男は、淡々と振るった刃で、ユキの爪がつけたばかりの傷を斬り広げる。
 たった一つの命も取り零す事無く戦場を無人にしたケルベロス達にとって、残されたシャイターンなど滅するに困難な相手ではなかった。
「勇者とは……如何な困難にも魂を奮い立たせ立ち向かう……そんな資質を持つ者達」
 コールタールの其れを威嚇するように、セリアは清廉な輝きを発する翼を震わせる。
「恐怖に染め上げ、怯んだ魂が選定に適う筈がないでしょう」
 そして地面すれすれを低く翔んだセリアは、シャイターンの反応速度を超えて彼の背後を取り、
「此処に宿るは、氷精の吐息」
 冷気のオーラを纏わせた選ばれし者の槍を突き立てた。
「っく、説教ならっ、要らねぇんだ、よぉおおお!」
 セリアから喰らわされた甚大なダメージに、イガットの顔が歪む。
(「……」)
 剝き出しにされた怒りと憎悪に、ウィルマはヘルキャットさえ気付かぬくらいの笑みを浮かべる。
(「楽し、かった」)
 既に去った嵐を、ウィルマは噛み締めた。人の情――中でも弱さや歪みを垣間見るのを、ウィルマは好み。乱れ狂い揺れ動く様に、安堵を覚える。
「ああ……。本当に、本当に、人間ってめんどうくさい……さようなら」
 面白がるよう呟きくすりと笑んだウィルマは冷めた殺意の侭に、時空を歪ませ呼び出した地獄より悪魔の力を借り、蒼い炎を纏った巨大な大剣を手にすると、縦横無尽にデウスエクスを斬り裂き叩き伏せた。
 峻烈な剣撃の波動は凄まじく、作られた流れに巻き込まれるようにテレサも身を任す。だが、旋風巻き起こす彼女の蹴りはイガットを捉え損ねる。
「へっ、ざまぁ!」
 安定に欠くテレサを、傷だらけのシャイターンが嗤った。だがそんな嘲りになどテレサの胸は痛まない。
 彼女が恐れるのは、他人から嫌われ、孤独になること。
 テレサは希求する。誰かに必要にされることを。彼女が袖を通すメイド服もまた、その心の顕れ。
 故に。
「私は、皆様を守れれば良いのでございます」
 幼い少女は果敢に体を張って、前へ前へと出る。仲間の盾と成る為に。
「コールさんは頑張り屋さんです」
 結末は既に視えている。勝利を信じ、みのりは徐にバールを取り出し構えた。
 偶然、シャーマンズカードを手に入れたみのりは、今なお真っ当な社会に生きている。それこそ、グラビティの扱いにはようやく慣れて来た程度に。
 常識的で、気配りも出来る。仕事と割り切ると冷酷にもなれるが、妙に他人の目を気にしてしまう。
「そしてあなたは、此処に居てはいけません」
 良くも悪くも曖昧な青が似合いな女は、けれど眼前のデウスエクスはきっぱりと否定し、バールを振り被る動作で再びオコジョのエネルギー体を喚んで敵へとぶつける。
 強力な破壊力を誇るみのりの強靭な一撃に、コールタールの翼の半分が消し飛んだ。
「……っち」
 逃れ得ぬ不利に、イガットの足が退路を求める。
「まぁまぁ、そう慌てるなよ」
 しかしその動きも、癒し手として最後方から戦場を具に見る翌桧にとっては児戯に等しく。
「それにしても。俺の魂の本質なァ……」
 一瞥で戦列を確認した翌桧は、今は癒しは不要と意識を切り替える。
「どうだろうな、案外ただのシスコンかもしれんぞ?」
 けらり嘯き、翌桧はイガットへ透ける御業の手を大きく開かせた。
「そもそも、な。利己的な思考が即ち淀んだ魂とは思わんけどな。自分の命の為に他人を犠牲にする――聖人君子でもなけりゃ、当たり前の事だ」
 美しいばかりでは、命は繋げない。醜さがあるから、繁栄もまたある。人の性を解する男は、御業に掴まれ身動きを封じられたイガットを鼻で嗤う。
「つまり何が言いたいかっつーと、だ。魂が淀んでいるのはお前だよ、デウスエクス」

 戦いの余波に絵画が疵付くのに、慶は苛立ちを隠さず敵を討つ。
「とっとと、くたばれよ!」
「くそったれがぁっ」
 悪し様な罵りと共に脇腹が爆散したイガットは、最期の力を振り絞って一矢報いんと炎を繰る。されど炎弾は慶まで届かず。テレサによって阻まれた。
「夜」
「分かっているよ」
 至刻を確信したアウレリアの呼び声に応えて夜は走る。
「歪んだ魂色を曝してやろう――散り逝け」
「っ!!」
 鞘から抜いた刃は白鷹のように疾く翔け。黄泉路を歩む事さえ叶わぬ程に、デウスエクスの命を刻み滅した。

●明日の彩
 自らの傷を後回しに館内のヒールにテレサが勤しむ頃。
「次からはもうちょっと、がんばってもいいかもしれま、せんね?」
 恋人と再会を果たした青年へ、ウィルマは含みを持たせて薄く笑み。何はともあれお疲れ様、とみのりは人々を労う。

「殆どは大丈夫だと思うぜ」
 美術館内を一回りし、慶は展示された絵画の損傷具合に胸を撫で下ろす。流石に、最初に被害に遭った巨大絵の修復ばかりは厳しそうだったが。
「それは良かった」
 残された彩たちをじっと見つめ、夜も安堵の息を吐く。
 絵画とは、作者の魂が備わるもの。まさに、魂色の具現。
 失われたものは戻らないが、別の形で蘇ることもあるかもしれない。新たな人々の、魂色まで取り込んで。
(「……美しい彩だ」)
 喧噪の尾も遠く、無色の男はありったけの魂色を双眸に焼き付ける。
 人々の想いや感情が、如何な色かを知る為に。

「人の本質を知るのにマシな方法はもっと別に幾らでもある……私は、そう信じたいわね」
 真っ直ぐなセリアの瞳から、翌桧は僅かに視線を逸らす。
(「俺の方がよっぽど、な」)
 翌桧の人生は、復讐の為のもの。ならば、青年なぞより自分の方が――。
 でも、アウレリアは想うのだ。
 魂に色があるのなら。
 きっと決まった色などありはしない。
 誰しも、いつでも。
 心一つで、どんな色にでも成れるのだと。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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