シエスタ・プラネタリア

作者:犬塚ひなこ

●花の少女と星の夢
 眠りに落ちて、いつも視るのは哀しい夢。
 目が覚めたら殆どを忘れてしまうけれど、その夢はどうしてか酷く悲しくて寂しい。
 ただそれだけを憶えている。
 まるで、手を伸ばしても届かない遠く彼方の星のひかりをみているような――。
 けれど夢の中の寂しさなんてどうってことはない。本当に辛いのは、起きてから自分は独りきりなのだと思い出してしまうこと。

 だから、と少女は憧れの夢を想う。
 誰かと一緒に眠りに落ちて、一緒に目を覚ませたらどれだけ倖せだろう、と。

●午睡のプラネタリア
 来る五月二十八日は少女の誕生日。
 去年にケルベロス達に祝って貰った楽しい日を思い返しながら、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はもうすぐ訪れる十四歳の誕生日を心待ちにしていた。
 何故なら誕生日はひとつだけお願いを聞いて貰える日だから。
 そして、何をしようかとずっと考えに考え抜いたリルリカが決めたのは――。

「皆さま、リカと一緒に『プラネタリウムお昼寝カフェ』に行きませんか?」
 じゃーん、と効果音代わりの声を紡いだ少女は様々な星座の図が描かれた一枚のチラシを皆に差し出す。紙面には少し不思議なコンセプトのカフェの内容が記されていた。
「このお店はシエスタ・プラネタリアっていいますです。その名前の通り、プラネタリウムを眺めながらお昼寝ができちゃうところなのです」
 リルリカはわくわくした様子でカフェで出来ることを語っていく。
 店内は大きく分けて二か所に分かれている。
 まずひとつめは星座やスターモチーフのメニューが楽しめる喫茶スペース。
 部屋はほんのりと薄暗く、天井には煌めく星図が投影されている。各テーブルは星型のランプに照らされていて幻想的な雰囲気だという。
「メニューは甘いものを中心にそれぞれの十二星座のドリンクやケーキ、星のクレープやアイスもあるみたいです!」
 どれを食べるか迷いますね、と話したリルリカは笑顔を浮かべる。
 そして、ふたつめはこの店の最大の売りであるシエスタが出来る部屋。
 常にプラネタリウムが上映されているスペースにはふわふわのソファ席が設置されている。雲のような形のクッションに包まれた席は寝転がることが許されている。
 多人数用のスペースもあるので誘いあうのも良いだろう。
「星の下でお昼寝……ふふ、何だか不思議な言葉の響きですが、それが叶うのがこの場所なのでございます。リカはおっきなスペースを借りてお昼寝をしにいく予定です!」
 良かったら皆さんも一緒に、と誘ったリルリカは少し恥ずかしそうだった。
 けれどこれが今回の誕生日の願い。お待ちしてます、とぺこりとお辞儀をした少女は信頼する仲間達に明るい微笑みを向けた。


■リプレイ

●宵めく光
 星図を映す天井に淡いランプの灯りが煌めく。
 映る星に瞬き、視線を移せば目の前にはしゃぐ少女の様子が見えた。互いに星が好きかと問いかけあった梅太とメロゥは同じ『好き』の形を知る。
「じゃあ、今度は本物の星を見に行こう」
「メロも梅太と星を見たいわ。絶対連れて行ってね?」
 瞳に星を宿す少女からのおねだりに頷き、梅太は双眸を細めた。一緒に見たらもっと楽しいだろうから。勿論、絶対に連れて行くよ、と。
 シアの目の前にはしゅわしゅわ、きらきらのジュースにおひつじ座のケーキ。社の前には星空コーヒーにおうし座のムース。
 早速食べるか、と社がフォークを取るとシアが制止する。
「社くん、写真とるからまって!」
 ぱしゃりとシャッター音が響く中で社は日々成長するその姿を微笑ましく思う。
「一口交換っこしてみるか、シア」
「ぴー。ひつじさんとうしさんでふあふあだっ!」
 クリームがついたその頬を拭ってやりながら、社は愛しき娘に優しい瞳を向けた。
 まるで宇宙にいるみたいだと天井を仰ぎ、キアラは口元に指をあてる。
 しー、と悪戯っぽく笑んだ彼女に合わせセレスとマイヤは声をひそめた。星座のドリンクの色合いを楽しみ、少女達はクレープを分け合う。
「そういえば、二人は前から一緒だったの?」
「私とセレスは教会で前の神父さんに一緒に育ててもらった家族なの」
 キアラはマイヤからの質問に答え、ふと思いを口にした。
「マイヤちゃんが妹なら、きっと毎日楽しいね」
「わたしとラーシュも? そしたら二人はわたしのお姉さんだね」
「可愛い家族が増えるなら大歓迎だわ。そうじゃなくても、大事な友達よ」
 セレスも穏やかに頷き、三人で共に過ごすひとときを大切に想った。
 カフェで過ぎゆく静かな時間。
 白にコスモパウダーと金平糖が浮かんだ星雲カフェラテを手に、律は天井を見上げた。綺麗だな、と相席した律のラテに感想を告げたルチルも倣って頭上を見遣る。
「わたしはな、北斗七星のを頼んだんだ。ほら、」
 そう言って指先を天に向けたルチルは星図を示す。
 たまにはこんなおやつもいい。何処か満足気に見える双眸が細められた。
 エスコートの手を握り、仰ぎ見た空には星座の光。
「ムジカの星座、綺麗だね」
「ホントに、でも穹には煌めく星がたくさんよ。ほら、市邨ちゃんの星も」
 ムジカ達は乙女座と牡羊座のメニューを頼み、分けっこしようと微笑みあう。しなやかな曲線を描くチョコレートが飾られたパンケーキは乙女のようで、ふんわりメレンゲが包むケーキは確かに羊そのもの。
 それを見た市邨の笑顔にムジカの嬉しい笑みも深まるばかり。
 また一緒に、と交わした約束も含めて、甘くて楽しいひとときが巡っていく。
 あーん、と互いのパフェを交換しあうのは何だか嬉しくて倖せ。綺麗な星達のもと、リティアとカノンの微笑みが花のように咲く。
「カノンさん、星に何かお願いごとをしましょうか」
「お願いしたいもの……ですか?」
 暫し考えたカノンが星に願うのはリティアとずっと仲良くいられること。星空カプチーノで小さな夜空を楽しむ二人の思いは心地よく重なってゆく。
 天上に映し出され始める満天の星。
 静かに廻る星空に大三角形を見つけた司は緩やかに指で追ってゆく。
「次にベガ。それから――Lyra、リラだ」
「遠い、川向こうのアルタイル。でも、わたしのアルタイルは、いつも、いっしょね」
 自分の名前を呼ばれたリラは星に自分達を重ねる。
 どうか、季節が巡ってもずっと一緒に星を探していられますように。
 ――約束ね、と、こっそりと司の耳許に口付けを落としたリラはそっと目を瞑った。

●星のかたち
 夜空色の天蓋には、きらきら輝くお星さま。
 ふかふかのクッションに埋まって星を見上げると本当に空の上に居るよう。ランプの淡い光の下、見上げた先には満天のひかり。
「めーちゃん、見て! カルナさん、あれ、何座かな?」
 エフェメラを呼びながら問いかけた春乃に対し、カルナは天井を指さす。
「あれが北斗七星で、西の明るいのがアンタレスだから……」
「アンタレスはさそり座の星だよね。もう少ししたら実際の空でも見えるよね」
 夏の夜空に輝く星を眺め、ハクアは双眸を細めた。いつしかうとうと、ついに瞼が閉じればすっかり夢の中。
 エフェメラは眠りに落ちた仲間の傍に寄り、自分も目を瞑る。
「皆、良い夢が見れますように。おやすみなさい」
 きっと、今日見る夢は優しくて、あたたかい――雲に包まれる柔らかな夢。
 ふわふわの雲のソファの心地に喜び、レイラは口元を淡く緩める。
「これは、とても快適ですね。すぐ寝ちゃいそうかも……」
 寄りかかってもいい、と告げながらも彼女は十郎の肩にぱたりと寄り添う。仕方ないな、と十郎は笑い、ふとポケットを探る。
 彼女がくれた懐中時計の蓋を開ければ天蓋に似た星空が手の中に現れた。
 いつか、本物の星も見に行こう。
 約束を交わした二人はそっと、幸せな夢の中に導かれてゆく。
 ねこ座、おんぷ座とひまわり座。
 あれがロボ座なら、あっちはキキ座。夢を描くように天を指すキカの無邪気な指先を目で追い、タキはふっと零す。
「自由だな」
「山茶花座、ラズベリー座。文庫座……なんてね?」
「ふふ、なるほど、創作の星座なのだな」
 夜もキカに倣って星をなぞり、拾はその想像力に感心した。イェロが皆の星座を聞き、楽しいお喋りの時間が続く。
 ふと気付けば意識はまどろみに沈み、拾達はうとうとと舟をこぎはじめる。
 今日は皆と一緒。羊を数えなくてもだいじょうぶ。
 キカは目を瞑り、天の川に思いを馳せていた夜もいつしか眠りの淵へ。イェロも欠伸を抑えることはせず雲のクッションの柔らかな心地に身を委ねる。
「ひと足お先に、おやすみなさい」
 やがて訪れる静寂にタキも瞼だけを閉じ、静かな時間の音を聴いていた。
 ふわふわソファの上で寝転がるのはねむねむ隊の三人。
「眠いな……良い感じに眠い……」
「あー、こうやってだれていると早速眠くなる」
 見つけられれば良い夢が見られるというねむねむ星を振り仰ぎ、アラドファルとキースは瞼を閉じた。
 綾は暫しクッションをもふもふしていたが、眠気に誘われて小さな欠伸をする。そして、尻尾をくるりと巻いて二人の間にぽふっと収まった。
「ふふ、おやすみなさーい!」
 本物ではなくても、あの星々に願えば叶う気がする。
 だから、願おう。夢の中でも一緒に居られますように、と――。
 プラネタリウムを眺め、夜空の話をする雨音と怜四郎。
「……すごく、綺麗にゃあ……いつか本当に見てみたい、にゃ……」
「あら、眠っちゃったのね」
 先に雲のベットに飛んでっちゃったのかしら、と冗談めかした怜四郎は雨音の隣で目を瞑る。同じ夢が見られたらいい、そう願いながら。
 ぎゅっとクッションを抱えてすやすやと眠るステラ。
 深い呼吸に合わせて震える小さな翼を見つめ、セレスティンは随分と大きくなったものだと目を細めた。そして、時に任せて微睡めば夢の世界が広がる。
 満天の星空の元、水面に浮かぶ睡蓮。
 其処で視たのは、きっと――。
 たくさんの話をして、語り合うのは夢の話。
 其々の憧れに記憶に、願い。キアラはふと瞼を伏せ、ふたりに手を伸ばす。
「ね、指切りしたって。ふたりが先に目覚めたら呼んでそんでも起きなかったら待っとって……ほしいなあ、なんて」
「勿論、夢から醒めるまで傍に」
「大丈夫。ちゃんと此処に、傍にいますよ」
 その手に応えたのは鏡花と最中の小指。鏡花は重なる温もりにも小さく頷き、最中は独りではないと確かめるように空いた手で彼女達を撫でる。
 そして、キアラは安心したように微笑んだ。
 おはようが待っているならどんな夢も、きっと優しい。
 倖せな夢と目覚めが訪れるように。星空に願いながら、微睡みに落ちた。
 示すのは闇夜に浮かぶ星のかたち。
 獅子座に、鴉座。其処に手を伸ばせば、掴めそうな錯覚に陥る。黎和は泪生に寄り添い、いつしか小さな寝息を立てていた。
 手を伸ばすよりも更に近く、誰よりも傍で呼吸の音も聞こえるほどの距離。
 ――あたしは、変わらず今もここにいるから。
 はなさないでね、と零した泪生は瞬く星に願いをかける。
 掴む幸せはふたりの手で、抱き寄せてくれる腕の中で幸せな夢を見たいから。

●星を辿る
「あのねあのね、郁くん、手つないでいい?」
 そう願ったひなみくは時々怖い夢を見るという。けれど今日はそんな夢じゃなくて、星の海に沈みたいと願った夢が見られる気がする。
 星を見ながら眠ったら、きっと星の中を泳げるから。
「もし、怖い夢を見ても絶対に助けに行くから」
 郁は繋いだ手を握り、彼女の頭を撫でた。その声に安心したように頷き、ひなみくは静かに目を閉じる。どうか素敵な夢が見られますように、と。
 おおぐま座にこぐま座。
 初めて二人で見た冬の星空から季節は廻った。星空がこんなに美しいものだと知る事ができたのはクローネが居てくれたお陰。
 レッドレークが礼を告げると、クローネは遠い天蓋に手を伸ばした。
 大切な人と一緒なら、不思議と輝く星をも掴めそうな気がしてくる。いつか、と思いを語った彼女は微睡み、雲のクッションの上にころりと転がった。
 そして二人はおやすみを告げあう。
 ――後は、夢の世界で。
 名のある星のようでありたいと双牙は願う。
 何故なら、隣の少女が昏い何処かへ迷い込んだ時に道を探す標となりたいから。
 麻実子が天蓋を見上げれば、そこには優しい仮初の光。其れらは微かに瞬いて二人を見下ろしていた。
 夢と現の狭間で触れる温もりを確かめ、手を握り締める。
 夢をみるのは、二人のこれから。
 遠い遠い未来も、ずっと――手を繋いで決して離さぬと誓おう。
 穏やかな星の下。
 先にすやすやと寝入ったほのかに顔を近付け、ルヴィルはそっと囁いた。
「おやすみ、ほのか」
 あたたかさに身を委ねた彼も目を閉じる。
 ずっとこうしていられたらいい。そんな風に願う気持ちはとても快かった。
 感じるのは、星空の下で一緒にいられる幸福。
「星の話をしようか」
 アレクセイは眠れぬロゼへと星の紡ぐ物語を語る。そうすれば瞼も重くなり心地よい眠りが訪れた。大好きな人が隣にいる安心感と幸福感に包まれたロゼの額に口付けを落とし、アレクセイは告げる。
 おやすみ、愛しい人。
 いつしか眠りに落ちていた晶がふと目を覚ます。
 隣にあるうずまきの顔を見つめ、ありがとう、と囁いた。そして、そっと呟く。
「毎日、こうだったらいいねぇ」
 その声を聞いたうずまきは無意識に手を伸ばした。そこにある体温と心音を再認識しながら彼女もまた同じことを思う。
 隣に貴方がいる毎日。それがきっと、今の憧れの気持ち。
 ――ねえ、抱きしめてもいいかい?
 ナガレからの願いに勿論だと答えた雲雀は少し恥ずかしがりながらも、大好きな友人の申し出を受け入れる。
 見上げれば沢山の星。まるで夜が人になったようなナガレは、もしかしたら空から落ちてきたのかも。ひだまりが形を成したら、雲雀のようになるのかもしれない。
 そんなことを考えながら二人はそっと目を閉じた。
「シズにぃ、起きた時も隣にいてね?」
「当たり前だろ? ちゃんと隣にいてやるさ」
 不安そうに瞬くミニュイをあやし、シズネは思う。自分も時折ちょっぴり寂しくなることがある。ひとりに慣れた気がしていても失うことは怖い。
 だから、とぎゅっとしがみついてくるミニュイを強く抱き返す。腕の中ですやすやと眠る温かさに瞼を閉じ、彼は大切な思いを胸の奥に仕舞った。
 ソファに腰かけ、マヒナは隣の彼を見遣る。
 いつの間にか睡魔に襲われたピジョンに眠っていいよと声をかけ、マヒナは自分の翼を彼にかけてやった。
「いや、大丈夫……まだ……」
 そういった彼だったが結局は眠ってしまう。自分も一緒に眠ろうと決めたマヒナは微笑ましさを憶えながら目を閉じた。
 夢で観るのは、故郷の海辺の満天の星空。同じように彼も白鳥座の夢を視る。あたたかな翼の白鳥を追いかける、そんな夢を。
 ふわふわのソファで昼寝を楽しみにしていた数日前の自分を殴りたい。
 緊張と狼狽の狭間で揺れるクーは、隣にフェネックが座っていることに気が付いた。
「あ、あれ? ルムア……っていつの間に変身を。あははっ」
 クーは一先ず安心した様子。対する彼女は、きゅと首を傾げて彼の膝に乗る。
 大好きな人の膝上で丸くなりシエスタを堪能するルムア。優しく頭を撫でてくれるクーの手の心地良さに獣耳をぱたぱたと揺らした。
 夜空のようなその漆黒の瞳には、優しい光が宿っている。
 見上げる有理の小さな身体を抱きしめ、冬真は額に口付けを落とした。包み込んでくれる温もりが何より愛おしく、有理は頬へのキスで応える。
 惹かれるように次は唇へ。甘く、ひとつになる体温は心地好い。
「おやすみなさい」
 その言葉はひとつの願いを込めて。甘く優しい夢の中で一緒に過ごせますように。
 ――夢の中でも、貴方の傍に。君の隣に、いるから。

●目覚めるまで
 手を繋いだら、幸せな夢が見られる気がする。
 そう言って差し出された息吹の手をベルノルトはやさしく握ってやった。
「おやすみのキスはくれないの? なぁんて、冗談よ」
「おや、ご冗談とは。お望みでしたら、と思ったのですが」
「えっ。頼んだらしてくれる? ……つ、次の機会に」
 そんな戯れを語りあいながら二人は星を視る。瞬く煌めきの中でいつの間にか息吹はすやすやと寝息を立てていた。
 目醒めるまで傍にいよう。そう決めた彼はそっと彼女を見守った。
 満点の星に雲のソファ。宛ら星空に近付いたような錯覚。
 累音がふと隣を見れば、星に手が届かずにしょんぼりとする郁が見えた。頭にぽんと手を乗せ、累音は何処か可笑しそうに呟く。
「寂しがり屋だな」
「そんなこと……あります、けれど」
 しかし、背のクッションも傍らのひとの手も温かいから寂しさは直ぐに溶けていく。
 ひとつ、ふたつ。星を数えていけば訪れる微睡み。流れ星に乗る夢を見たいと願い、郁はそうっと彼に身体を寄せた。
 おねがい、目が覚めるまで一緒にいて。
 嘘でもいいから、頷いて。そしたら独りじゃないって信じられると思うから。一人ぼっちの夜を思い返し、紡は螢に願う。
 螢は癖でポケットの煙草に手を伸ばしそうになるのを止め、今日は一緒にいるから、と軽い溜息を零す。
「どうしても眠れないってなら、手ぐらい繋いであげますけど?」
「本当!? じゃあ手繋いでくれないと寝れない! 起きて!」
 先程の寂しさはどこへやら、彼の言葉を聞いた紡は手を差し伸べた。結局は冗談めかされてしまったが、彼はきっと自分を甘やかしてくれている。
 大好き、と笑った紡。その横顔を眺めながら、螢はもう一度深く息を吐いた。
 隣のあなたの手を探って指先を絡める。
 顔はよく見えないけれど、きっと同じように笑っているはず。よく見えないからと言い訳をしてクィルはジエロに寄り添い、目を閉じる。
「君と一緒だから。心地良い時間だよ、クィル」
 微睡みの中で彼の声が聞こえた。
 目が覚めたら、隣にあなたがいる。目が覚めて、最初に君を見つける。
 ――この先もずっと大切なひと。どうか、これからも。
 星の話をする最中、亮は歌を聴かせて欲しいと願う。
 その珍しさに瞬いたアウレリアは笑み、きらきらひかる星の歌を紡いだ。
 星は遠過ぎて届かなくとも、この手さえ届けばいい。不意に彼女の指が触れ、確かめるように絡め返す。歌い終えた彼女は、佳い夢を、と亮の瞼に唇を落とした。
 その口付けはあたたかく、銀の瞳が潤んだのを誤魔化すように瞼を閉じる。
 透明な旋律の、優しい星の歌。
 その音色が未だ心の奥で響いている気がした。
 天蓋には星のひかり。
 ひそひそと聞こえる皆の声もまるで星の囁きのよう。爽が穏やかに見上げる最中、サイファとメリルディはぽつりと思いを零す。
「今度は一緒に来たいなぁ」
「……やっぱり誘えば良かったかな」
「誰かが気になるです? だったら今度は、その人と一緒に来てくださいです」
 想い人について考える二人にリルリカはぜひ、と誘う。誰かが楽しく過ごす姿をみるのが嬉しいから、と少女は微笑んだ。
 そして、ふと隣に目を向けると爽が心地良さそうに目を閉じていた。
「ゆっくり深く、眠れそ……すぅ……」
 薄く笑むリルリカが彼に貰った贈り物をそっと握る中、イチカがふと問いかける。
「ねえ、プラネタリウムに映らない星もあるのかな?」
 星を数えていても、暗闇にうかぶあの星も、この星も、母星ではない。でも、ここで見えなかったとしても目を閉じれば夢のなかで浮かぶかもしれない。
「きっと、視えるものだけがすべてじゃないのです」
 リルリカはイチカへと頷きを返す。
 たとえば悲惨な未来が視えても、信頼する皆がそれを壊して守ってくれるから。
 そして、少女達は遠い光を瞳に映す。
 今日はきっと夢のなかで、見たいものにあえる。
 誰かの手を握るとよく眠れる、と話したアラタと掌を重ね、リルリカは目を閉じた。
 皆で星の夢を見て、誰かの温かさを感じて目覚めた時に笑いあえるといいとアラタは思う。そして、少女が目を覚ましたら伝えてやろう。
 おはよう。
 それから――誕生日おめでとう、と。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年6月4日
難度:易しい
参加:75人
結果:成功!
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