翡翠の花庭

作者:犬塚ひなこ

●緑の花庭
 硝子張りの温室は今、翡翠めいた碧の色彩に満ちていた。
 天井いっぱいに広がった緑の葉の下、梯子のように垂れ下がる花。その見た目通り、宝石のヒスイに似た色をした花の名前は翡翠葛。
 温室の主であるお婆さんが丹精込めて育てた翡翠葛は今が見頃。
 今日の世話を終えた老人は温室内の片隅に備えられたティーテーブルの前に座って花を見つめていた。青碧の花が散ってしまう前に、ゆっくりと紅茶を飲みながら翡翠の色を眺めるのが彼女のひそかな楽しみだ。
「おやまあ、あの一株だけ揺れているような……?」
 しかし、ふと隅の方の翡翠葛の異変に気付く。一角の窓を開けてはいるが風が吹いているわけではなかった。鳥か動物でも入り込んでしまったのかと思った彼女はその花の様子を見にゆっくりと歩いていく。
 次の瞬間。
 ただの花だと思っていたそれは見る間に異形の蔓を伸ばし、老人の首に巻き付いた。
 悲鳴すら上げられず、老人は攻性植物と化した翡翠葛に意識を奪われてしまう。彼女の身を操った花は温室を出ようと歩を進める。そして――。

●幻想未来視
「攻性植物は彼女の身体を使って、虐殺事件を起こしてしまいます」
 しかし、これはまだ起こっていない未来の話。まだ阻止できる可能性があるのだと話し、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達に協力を願った。
 場所は郊外の小さな一軒家の裏手。
 一人暮らしの老婆がひとりで手入れをしている庭の温室が今回の事件現場となる。
「今からすぐに向かえば、皆さんは攻性植物が外に出る前に温室の扉に辿り着くことができます。幸いにして周囲に外の一般人は居ないので人払いは必要ないみたいですね」
 寧ろ人払いに手を割いてしまうと多少なりとも時間を消費し、敵が外に出てしまう可能性や先手を取られてしまう確率が高いとイマジネイターは語った。また、昼日中に勝手に他人の家の庭に入り込む住民もいないので安心だ。周囲は民家ばかりなので心配かもしれないが、被害を出さない一番の方法はすぐに敵の元へ向かうことだ。
 温室に入れば後は此方のもの。
「攻性植物は一体のみで配下はいません。取り込まれた彼女は植物と一体化しているので普通に倒すだけだと一緒に亡くなってしまいます。けれど、安心してください」
 イマジネイターは説明する。戦闘中、粘り強く敵にヒールをかけながら戦うことで、回復不能ダメージが蓄積する。そうすると戦闘終了後に攻性植物に取り込まれていた人を救出できる、と。
 ただし、長期戦覚悟となるのでどう戦うかはケルベロス次第だ。
 信じています、と皆に告げたイマジネイターは敵の詳細について話しはじめた。
「植物の種類はヒスイカズラ。別名、ジェイドバインというそうです。とても綺麗な宝石の翡翠のような色をした花のようですね。花言葉は……『私を忘れないで』だそうです」
 片目を瞑ってアイズフォンを使用し、情報を検索したイマジネイターは興味深そうな表情を浮かべた。
 温室には被害者である老人が育てた翡翠葛が咲き誇っている。
 攻性植物になったのはそのうち一株だけなので他の花に被害が出ないうちに倒してしまうのが良いだろう。
「お婆さん自身もきっと花が他の花や人を襲うことをよしとしないでしょう。だから、お願いします。皆さんの手で悲しみが生まれる未来を防いでください」
 イマジネイターは紅玉の宝石めいた彩の瞳を向け、ケルベロス達の姿を映した。
 そうして彼女は皆をヘリオンにいざなう。美しい翡翠の花が血の色に染まる前に、やさしい老婆の命が潰えぬよう――今こそ、番犬の力が必要なときだ。


参加者
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)

■リプレイ

●花咲く温室
 目指すのはちいさな一軒家の裏の庭。
 遠目にも花の鮮やかさが透き通って見える温室の中に、『其れ』は居る。
「いい場所だ」
 砂ではなくて、溢れるのは緑。自分の故郷じゃ考えられないと口にしたのはメィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)だ。ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)も彼の言葉に同意を示し、扉に手をかけた。
 そして、一行はひらかれた温室に踏み入る。
 セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)は視界いっぱいに広がる花の景色を瞳に映し、思うままの言葉を紡ぐ。
「名前の通り、本当に綺麗な翡翠色なのね……育てるの、大変だったでしょうに」
 こんなに綺麗な物を育てられる人の手を、こんなに綺麗な花を、血に染めるのは忍びない。侵されてしまった一株は諦めるしかないが、せめて他の花達が来年に繋げるように、とセレスは思いを強めた。
「あれが、そうですね。翡翠葛、とても綺麗です」
 レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)が前方を見据え、老婆の姿を捉える。
 意識を失っているというのに彼女はゆらゆらと揺らめきながら歩いてくる。その首元にはまるで首飾りのように巻き付く翡翠葛の攻性植物が見えた。
 リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)は敵を一瞥し、橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)も迎撃の構えを取って敵を睨み付ける。
「綺麗な花なんだけどね、翡翠葛」
「花言葉は私を忘れないで、か」
 何だか植物自身がそのように訴えかけているようだと感じたクーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)は神妙に呟き、攻性植物の出方を窺う。
 元は老婆が愛した花だとしても、あの花は最早別のものと成り果てている。
「人に取りつく卑しい化け物め。駆逐してやるぞ」
 その腕に纏う鋼を構えたムスタファが確と宣言すると、真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)も己の思いを言葉に変えた。
「おばあさん、必ず救い出して見せます。これ以上この花々は散らせません」
 梔子の思いに同調し、レイラも強く掌を握る。
「お婆さんが大事にしていた翡翠葛、倒してしまうのは心苦しいのですが…そうもいっていられません。今、助けます!」
 花を楽しむには陽気もちょうど頃合い。けど、と首を振ったメィメも身構えた。
「寝んのはまだ早ぇだろ」
「ええ……侵略者には退散願いましょ」
 そう言ってセレスが雷杖を構えた、刹那――。
 攻性植物が鋭利に尖らせた葉を四方に散らし、戦いの始まりが告げられた。

●睡る花蔦
「お婆さん、大丈夫ですか!? 今、助けますから!」
 鋭い葉が舞う中、レイラは宿主にされてしまった老婆に声をかける。
「聞こえる? ちょっと恐いかもだけど、必ず助けるから安心して!」
 芍薬も凛とした声を紡ぎ、レイラに続いた。彼女の意識は奪われているが声をかけないよりは幾分か良い。
 レイラは仲間を護る雷の壁を張り巡らせ、癒しの力を拡げていく。その隙に芍薬がテレビウムの九十九を攻撃に向かわせ、自らも銃弾を撃ち放った。
 思うのは、早く宿主を助けてやりたいという気持ち。こんなに綺麗に咲いてる温室の花を荒らすこともしたくない。そのように願っている仲間達の思いを感じ取り、クーリンは決意を固める。
「必ず連れ戻すよ。キィも力を貸してね」
 呼び掛けたのはマントのフードに潜んでいた豆柴の子犬。クーリンの声に呼応するかのように飛び出した子犬は一瞬でロッドへと姿を変えた。
 綺麗な温室を維持できる人を失うなんて惜しい。悔しい思いも絶対にしたくないから、と全力で挑むことを決めたクーリンはファミリアの力をひといきに解放した。
「今のうちだ」
「はい、皆さんの超感覚を覚醒させます」
 その間にムスタファと梔子が光輝くオウガ粒子を放出して皆の援護につく。
 そして、主の代わりにボクスドラゴンのカマルが前に駆けた。仲間を守る為、そして攻性植物の力を削る為にカマルは老婆の周囲を飛び回る。
 竜の吐息が敵を覆う中、セレスは蛇杖を掲げた。今回は敵をただ倒すだけではいけない。操られた老婆を助ける為には敵への癒しが必要となるのだ。
「必ず、助けるから……!」
 セレスが魔術切開による回復を施し、続いたメィメが地面を蹴る。温室の天井にまで届くような跳躍の刹那、メィメは流星の煌めきを纏う一閃を見舞った。
「頼むからまだ寝んなよ、婆さん。まだ起きてろ」
 死ぬな、と暗に告げたメィメの一撃は敵の足止めとなってゆく。
 だが、敵もやられっぱなしではないだろうとリシティアは予想した。何故なら、攻性植物は回避に重きを置いている。
「……攻撃が避けられてしまいますね……近付くのも一苦労です」
 青紫色の瞳でしかと敵の動きを追うレイラは仲間達の繰り出す攻撃が避けられていることを確認する。ならば、とセレスが装甲から光輝の粒子を放った。
 命中率をあげなければ敵の動きは捉えられない。だが、この力を重ねれば攻撃も当たりやすくなるはずだ。
 芍薬は援護を施してくれた仲間に視線で礼を告げ、九十九と共に攻勢に出る。
 その際、老婆に語り掛けることも忘れはしない。
「大切に育てた花なのね。この温室の花は絶対傷つけさせたりしないわよ!」
 仲間への癒しは不要だと感じた芍薬は力を手に集中させ、掌をひらいた。そして、一瞬で敵に肉薄した彼女は相手の内側に熱エネルギーを送り込む。
 赤熱の一閃が内部で爆ぜ、攻性植物の力を削った。
 更にリシティアが攻勢に出る中、クーリンは老人を操る花に語り掛けてみる。
「愛情を持って育ったんでしょ? ねぇ、中に閉じ込めてる人を返してよ」
 古代語の詠唱と共に魔法の光を放つクーリン。しかし、呼びかけても意味はないとムスタファが首を振る。
 確かに花自体は主に育てられたものだ。されど攻性植物と化す胞子を受けた時点でそれは異質な存在に変貌している。だからこそ、滅ぼさねばならない。
 其処には一片の慈悲も情けも要らない。
「必ず助ける。気をしっかり持て」
 花を滅し、主を救い出すことで両者の助けになるはず。ムスタファは老婆の命を守る為に癒しの力を使ってゆく。同時にカマルがひといきに地を蹴った。
 ふふん、と高貴な雰囲気で鼻を鳴らした様子のカマル、其処から放たれた体当たりが敵を穿つ。その動きに合わせ、梔子が裂帛の気合を重力震動波に変えた。
「おばあさんの状態、良好です。ですが……」
 一撃は躱され、反撃がケルベロス達に向けられた。
 来ます、と梔子が敵の攻撃に備えるよう呼びかける。途端に翡翠の花蔦がセレスに襲い掛かった。だが、すぐに九十九が飛び出して庇う。
「っ! 大丈夫ですか? すぐ、回復します!」
 レイラは九十九が揺らいだことに気付き、すぐさま回復に移った。
 持久戦となるが、この程度では挫けたりなどできない。レイラの思いを察したメィメもその意志を肯定し、意識を失ったままの老人を見つめた。
「ちゃんとそこから助けてやる。昼寝なら、そのあとでもいいだろ」
 先ずは確りと力を削る為、狙いを定める。
 次の瞬間、メィメは夢の怪物を喚び起こした。廻るのは真夏の夜の夢。
 けれど愉しい悪夢を視るのは翡翠の花のみ。たとえば――街が翡翠の彩に包まれ、重力が花に満ちる、そんな夢。
 けれど、幻影の中で手にした力は夢まぼろしと消える。儚いものだと告げるようにメィメは数度、瞬きをする。
 其処に生まれた隙を狙い、セレスは再び仲間達に光輝の力を宿していった。
「大事に育ててきた花なんでしょう? そんな花が、貴女を傷つける事なんてきっと望まない。……だから、もう少しだけ頑張って」
 温室の主に語りかけ、その姿をしっかりと見つめたセレスは切に願う。
 そして、番犬達は巡りゆく戦いへの決意を革めた。どれほど戦いが長引こうとも、必ず目の前の命を救ってみせる。そう、誓って――。

●花の代わりに
 それから、幾度もの攻防が繰り広げられた。
 メィメが敵の不利益を増やし、攻撃に回れる者が隙を突いて敵を穿つ。
「お膳立てしてやる、きっちり狙えよ」
「勿論よ」
 リシティアはその恩恵を受け、ひたすらに攻撃を行うことで果敢に戦っていた。
 しかし、それも決定打に欠けている。戦いが始まってから既にかなりの時間が経っていたが、梔子が仲間達の補助を行い、レイラが雷壁で守りを固めることで何とか戦線を保っている状態だった。
 されど、重ねられた援護のお蔭で当初はかすりさえしなかった攻撃も敵に当たるようになり、仲間達は着実に勝利への道を切り拓いていた。
 同時にムスタファが絶妙なタイミングで癒しの力を施し続けており、老婆の命が削られることを阻止している。時にはセレスも敵の回復を担い、芍薬と九十九、カマルが仲間を庇うことで守りに入った。
 やがて、今が攻め立てる時だと感じた梔子は己の力を解放する。
「――失った誇りと角と再びすべて取り戻す」
 そして、貴女の自由も、と告げた梔子は古に失われた土蜘蛛の力を顕現した。背中から生えた蜘蛛脚めいた部位で敵を穿ち、梔子は振り返る。
 続いてください、と願った先には芍薬がいた。
「冥土の土産よ、その花を散らして、解放させて貰うわ!」
 間もなく終わりが訪れると感じた芍薬は再び掌に熱を込める。赤く輝く火葬の力が燃えあがり、翡翠の花の一部を散らした。
 梔子から芍薬へと、花の名を抱く二人が繋げた攻勢。負けてはいられないと其処に続き、クーリンも気合いを入れる。
「頑張って、おばあさん。絶対に助けるから!」
 クーリンは自分が敵を回復すると告げ、守護獣を召喚する。呼び出された狛犬は高く飛び上がり、自慢の毛並みで老婆を包み込んだ。
 メィメは仲間の連携に賞賛めいた視線を送り、自らも光の剣を具現化する。
「おれもむかし、砂に花を咲かせようとしたこと、あるけど。まじないはまじないだ、あんまりうまくいかなかったな」
 故郷である砂の土地と花が咲き誇るこの地を比べ、メィメは軽く息を吐いた。緑が豊かなのはよいことだ。それに、老婆をみていると何故だか懐かしさを感じる。
「……やっぱまだ寝かせるわけにはいかねえな」
 独り言ちたメィメは一気に敵との距離を詰め、光の刃を振り下ろした。
 それによって花の一部が斬り裂かれ、翡翠の彩りが地に落ちる。セレスは好機を感じ取り、言霊の言の葉を紡いでいった。
「――さぁ、貴方が厭うものを教えて頂戴?」
 囁かれた言葉は意識を向けた楔を強固にし、逃れられぬものへと変えていく。
 セレスの放った力は敵が抱く不利益を更に増やし、その動きを阻んだ。カマル、と相棒の名を呼んだムスタファは己も攻撃に転じるべきだと察する。
 そうして、先んじて優雅に翔けたカマルに続き、ムスタファは駆けた。
「お前が死んでしまったら誰がこの見事な花々を守るというのか」
 ――諦めるな。生きろ。
 老婆に声かけた彼は偽りの一撃で敵を翻弄し、暗器による本命の毒を見舞う。その一閃はまるで英雄殺しの蠍の尾針のよう。否、そのものかもしれない。
 最早、攻性植物は自ら動くことすら出来ぬ様子。
 終わらせて、とクーリンから声をかけられ、レイラは指先を宙に躍らせた。メィメも頷き、芍薬と梔子もレイラが最期の一撃を見舞う様を見つめる。
 そして、レイラは敵の真下に巨大な魔法陣を展開した。
「無慈悲なりし氷の精霊よ。その力で彼の者に手向けの抱擁と終焉を」
 刹那、巨大な水柱が現れ、悪しき花を凍り付かせる。
 容赦も遠慮も、衒いも要らない。ただ無慈悲に敵を打ち砕くべく、衝撃は迸り――冷たい氷が砕け散る音によって戦いの終わりは飾られた。

●巡る季節のその先に
 老婆の身体に巻き付いていた花は千切れ、枯れてゆく。
 操られていた彼女が地面に倒れぬようにメィメとムスタファがその身を支え、芍薬とレイラが介抱に向かう。すると、老婆はゆっくりと瞼をひらいた。
「目が覚めた? もう大丈夫よ」
「お婆さん、大丈夫ですか? ごめんなさい、大事な翡翠葛を……」
 芍薬が声をかけ、レイラが事情を説明してやる。彼女に外傷はなく、起こった出来事を聞くと深く息を吸い込み、そうなの、と頷いた。
「ありがとうねえ、皆さん」
 ケルベロス達に感謝の言葉を告げた彼女は柔らかく微笑む。
「負担をかけてしまってごめんなさいね……無事でよかったわ」
 セレスは礼には及ばないと告げ、レイラも気落ちさせぬように思いを告げる。
「……きっと、お婆さんのこと、あの翡翠葛も大好きだった思うんです。こうして、お婆さんを助けれたのですから」
「いいのよ、気にしないで。貴方達のお蔭で助かったのだもの」
 彼女は自分で立ち上がり、にこにこと笑顔を浮かべている。リシティアは老婆が無事であることを確認すると、踵を返して温室を去った。
 クーリンはその背を見送った後、改めて温室の主に尋ねる。
「本当に綺麗な温室。あまり花は詳しくないからこの綺麗な花がなんていう花なのか教えてもらいたいな。いいかな?」
 問いかけたクーリンに老婆は勿論だと答えた。
 芍薬も九十九を連れ、彼女の傍らでティーテーブルを示す。
「紅茶、冷めちゃったわね。もし良かったらいれなおすわよ。折角だし、温室の花について教えて欲しいわ」
「もしよければ、 翡翠葛の育て方も教えてもらってよろしいですか?」
 芍薬と梔子が申し出ると、老婆は小さく笑った。
「ええ、ええ。恩人さんのお願いなら何でも教えますとも。でも、育て方となると難しいのよ。うふふ、覚悟はあるかしら?」
 彼女は少し悪戯っぽく、微笑ましそうに梔子達に告げる。
 緑を育てるひと。その姿を見たメィメは少しだけ自分の育ての親を思い出した。
 戦いの最中に感じていた不思議な懐かしさはそういうことだったのかと納得し、メィメは双眸を細める。きっと、育て方については厳しい授業が始まるのだろう。
「婆さん、なかなかに人が悪……いや、良さそうだ」
 言葉を濁したメィメはゆるりと肩を落とし、咲き誇る翡翠色の花々を眺めた。
 ムスタファもカマルを連れて温室内を歩き、揺れる葛の風情を感じる。
 いつか、妻と見に来よう。人の良い温室の主ならばきっと許してくれるだろう。ムスタファは見事な花を瞳に映し、移り変わる季節を思った。
 翡翠の色彩に染まる花の庭。
 そのいろどりもいつかは消えてしまうものだけれど――今はただ、花が咲く姿と儚さを感じていたい。そんな思いが心の裡に巡った。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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