げに恐ろしきは女の情念

作者:質種剰


 住宅街の片隅にある空き地。
「女の子はそれだけで慈しむべき存在であるっ!」
 ビルシャナが異形の翼が生えた腕を突き上げて主張する教義は、今まで現れた他個体に比べて異質であった。
「女の子はいてくれるだけで空気が華やかになる! 料理が出来る女の子は体の中から満足させてくれるし、料理下手でもそれはそれで可愛い! また、エロい事を恥ずかしがる娘が興奮するのは言うに及ばす、逆に積極的過ぎても新鮮な感動を覚えるものだ!」
 主張そのものへ邪気が感じられないだけに、ビルシャナが語る論理自体——男の勝手な妄想が多分に含まれるとはいえ——今までのニッチなビルシャナに比べたら呆れる要素が少ないのだ。
 そのせいか、奴に賛同して話を聞いている信者の数もひと際多い。
「良いか、幼女はその無垢な可愛らしさでロリコン諸兄の心を鷲掴みにしているだろう! JCやJKとてその溌剌とした生気で同世代の男子を性に目覚めさせるのみならず、大きなお兄さんや親父どもの興味すら引いてやまない!」
 JDもOLも若妻も団地妻も未亡人も、それぞれにとりどりの魅力がある!
「熟女やお婆ちゃん世代とてマザコン男には永遠の憧れの的であろう! デブ専だっている、ブス専だっている! つまり、女の子は女の子であるというだけで、必ず男から求められる、尊き存在なのだ!!」
 段々と演説内容が性欲剥き出しになって、そこはかとない気持ち悪さが増しているけれど、それでも全ての女性を持ち上げるスタンスを崩さないのは立派かもしれない。
「つまり……」
 しかし、ビルシャナはビルシャナだった。
「女の子なら誰でも良いから彼女欲しい!!!」
 演説の締め括りに、偽らざる本音をポロリと漏らしてしまったのだから。


「また、女性との肉体関係を第一に考えていそうなビルシャナと信者が……去勢しましょうか」
 月島・空丸(こいぬ侍・e31737)が、さらっと涼しげな表情で怖い事を言うのへ、慌てて小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)が止めようとする。
「ま、まぁまぁ、ビルシャナは……命すら助けられないけれど、信者の方々は正気に戻る可能性が充分あるでありますよっ」
 空丸の丹念な調査の甲斐あって、今回『女子は尊い教ビルシャナ』の発見に到ったのだった。
「ですが、女子は尊い教ビルシャナの言葉には強い説得力がある為、放っておくと信者が完全な配下と化してしまうのであります」
 そこで、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の信者達が配下になるのを防げるらしい。
「ビルシャナの配下となった人達は、ビルシャナが倒れるまでの間、皆さんを敵とみなして襲いかかってきましょうが、ビルシャナさえ討伐すれば元に戻るのであります」
 それ故救出も不可能ではないが、万が一ビルシャナより先に配下を倒してしまうと命を奪う事になる上、幾ら配下といえども数が多ければ戦闘も不利になる。
「女子は尊い教ビルシャナは、孔雀炎と八寒氷輪で攻撃してくるであります」
 氷の輪を飛ばして敵を凍りつかせる八寒氷輪は、理力に満ちて射程が長く、複数の相手に当たる魔法攻撃だ。
 一方、孔雀の形の炎を放って相手を焼き払う孔雀炎は、近くにいる1人にしか当たらない。
「配下は手にした分厚い写真集で叩いてくるであります。近くにいる相手複数人に命中するでありますが、皆さんなら配下の攻撃程度ではびくともなさらないでありましょう」
 それよりも、問題はいかにして信者達をビルシャナの教義から解き放つかである。
「ビルシャナによる女性を神聖化した演説のせいで、信者達は女性に夢を見過ぎであります……ふふふ、どうせなら『女性がいかに恐ろしく怖い存在か』をたっぷりと教えて差し上げましょうや」
 ニヤリと黒い笑みを浮かべるかけら。
「恋に破れた女性が恋敵に向ける憎悪、それがいかに悍ましいか、嫁姑の確執に疲れた妻が胸の内に抱える闇の深淵さ、夫を寝取られた愛人へ向ける憎しみの強さ、逆に愛人が本妻へ抱く屈折した劣等感、それらの感情が暴発した際に起きる修羅場の凄み、恐怖の数々……」
 立て板に水の如く滔々と語るかけら。
「そんな女性の怖さをたっぷり語って、どうぞ信者達の夢も心も思いきり打ち砕いて差し上げてくださいませ」
 とにかく『女性は皆素晴らしい』との意見を全否定するのが大切である。
「信者の方々に目を覚まして頂くには、ビルシャナの教義を捨てたくなるぐらいに精神的打撃を与えるのが近道でありましょう。どうかビルシャナの討伐と信者の説得、宜しくお願い致します」
 かけらはぺこりと頭を下げた。


参加者
蛇荷・カイリ(あの星に届くまで・e00608)
ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
トウコ・スカイ(宵星の詩巫女・e03149)
ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
ノーフェイス・ユースティティア(それは無貌であるが故・e24398)
月島・空丸(こいぬ侍・e31737)

■リプレイ


 夜の空き地。
「女の子はそれだけで慈しむべき存在であるっ!」
「教祖様の仰る通りです! 女性は素晴らしい!」
 『女子は尊い教ビルシャナ』と信者達が虚しい結束を固める中、ケルベロス達はヘリオンから降り立った。
「このようなビルシャナの考えに同調してしまうとは愚かしいと思います」
 早速前に出て、辛辣な言葉を投げかけるのは月島・空丸(こいぬ侍・e31737)。
(「女性を尊重しているようでその実自らの欲望駄々洩れ……御仕置きが必要ですね。とびきりのが」)
 空丸自身も女性の為か、男の露骨な欲望へ対して少女らしい潔癖さを見せる部分があり、今も強い義憤に燃えている。
「全く……即去勢し考えを改めていただきたいところですが、まずはこちらの話を聞いていただきましょう」
 そのせいか、空丸の取った方法は至極シンプルな脅迫であった。
「それでも考えを変えないのであれば……」
 じゃきん!
 空丸がぬらりと日本刀を鞘から抜くと同時、後ろでウイングキャットのサンコンがソーセージを鋏で真っ二つに斬ったのだ。
「ひぃぃっ!?」
 ソーセージが何を意味するかは明白——サンコンが両前脚を鋏の穴それぞれに突っ込んでたどたどしく切る様子と相まって、信者のみならずケルベロス男性陣に至るまで恐怖心を煽り立てる。
「……わかりますね? あんまり女を舐めると、怖いですよ?」
 空丸も女であるが故に効果の見込める脅しによって、信者達はケルベロス達へ恐れ慄き、一気に静まり返った。
「何も聞いてまセンワタクシは何も……」
 ノーフェイス・ユースティティア(それは無貌であるが故・e24398)は、思わず股間を両手で抑えて縮こまったし、地獄化した頭部の炎も勢いが失せている。
「たすてけ……あっ草臥、ヘッドホンとか狡いぞ。同じシャドウエルフのよしみで貸してくれ」
 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)も背中を丸め、震えの収まらぬ様子で草臥・衣(神棚・en0234)へ詰め寄った。
「良いけど……俺達は信者じゃないから斬られないと思う」
 衣がヘッドホンを渡す。透き通った女性の歌声が流れてきた。
「やれやれ……ビルシャナは後で去勢するとして。とりあえず女性を紹介しましょうか……お見合い写真ですが」
 一方。ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)がスッと取り出したるは、妙齢の女性の写真だ。
「女を紹介してくれるって!」
「どんな女性だ? 年は?」
 信者達はミリアの言葉の都合の良い箇所だけを聞くや、わっとテンションを上げて彼女の周りへ群がった。
(「女性なら誰でも良いって、なんでこんな教義に目覚めたんでしょうかね……しかも幼女もお婆さんもOKとか……去勢しなくては」)
 だが、内心では憤懣やる方ないミリア。
「本物は避難誘導が面倒なので……」
 彼女の密かに洩らした単語が大層不穏で、
「……避難誘導?」
 信者の1人が思わず問いかける。
「いえ、こちらの話ですからお気になさらず……大丈夫です。戸籍も生物学的にも女性ですし、ばっちり婚姻可能な年齢です」
 すると、ミリアはぱっと明るい笑顔になって、滔々と語り始めた。
 お見合い写真の女性のにこやかな表情に、そしてミリアの語る優しい声音に、到底似つかわしくない真実を——。
「ただちょっと酒乱と浪費癖とギャンブル依存症と、それらを禁止されたときに暴力振るって何回か捕まった程度です」
「えっ……」
 あまりに凄まじい素行不良の羅列を聞いて、信者達が全員硬直する。
「あら、だって……女性なら誰でも良いんですよね? マゾでないのに殴られる覚悟はありますよね?」
 彼らの反応を見て、心底不思議そうに首を傾げるミリア。
「この中から立候補する方は……あ、そこのニワトリはあとで去勢するので除外です」
「…………」
 めげない風情でお見合い写真をグイグイ薦めるも、信者達は皆蒼褪めた顔で視線を逸らし、誰も立候補などしない。
「……除外されて良かった」
 ビルシャナですら除外という単語のみに反応して安堵の息を洩らす始末。
 ミリアは見事な仕込みと弁舌で、女性の株をガクッと下げまくった。
「まっすぐ行ってぶっ飛ば……いえ何でもありませんわよ?」
 トウコ・スカイ(宵星の詩巫女・e03149)も、他の仲間同様にビルシャナの姿勢へ思う所があるらしく、渾身の右ストレートをぶっ放しそうなセリフを呟いている。
「まああなた……」
 かと思えば、ここぞとばかりに上品な笑みを浮かべて信者の1人をロックオンするトウコ。
「は、はい?」
 目の前まで進み出るや、トウコの可憐さにどぎまぎする信者の手をそっと優しく両手で包み込んでから、話しかけた。
「きっと私の親友の好みそのものですわ? 是非紹介させて頂きたいですのよ♪」
「紹介……?」
 そうトウコが褒めそやすと、信者の顔色が一気に悪くなる。
 またこのパターンか、と。
「ええ、一癖ありますけれども、とても良い子ですのよ」
 だが、屈託ない笑顔で薦めてくるトウコを見れば、淡い希望が頭を擡げる信者。
 こんな綺麗なお嬢様の親友ならば、そうそう変な奴もいまい、と。
「ただほんのちょっと相手を24時間束縛しないと気が済まないんですの」
「……」
 そんな儚い望みを一瞬で打ち砕いたトウコは流石であった。
「GPS監視に抜打ち家探し——携帯履歴は当然メールもSNSも全て盗み見ますし——それはそれは相手の全てを知り尽くさねば気が済まない勢いですわ」
「マジで!?」
 訊き返す信者の声は既に半泣き。
「ええ、それに少しばかり虚言癖と誇大妄想癖と自傷癖がありますけれども」
「きょげ……え、自傷……?」
 トウコのにこやかな表情と明るい声音が却って薄ら寒く、説明する内容の過激さとの相乗効果で、信者達へえも言われぬ恐怖心を与える。
「きっとあなたの為なら病院を退院する気力も出ると思いますのよ♪」
「入院中!!?」
 そんな激しい気性ならば退院でなく脱走するのではなかろうか、誰もがそう思いつつもツッコめない。
「あらこんなに嬉しさに打ち震えて下さっていらっしゃるのね、では早速連絡を……」
 恐怖に震える信者を見て、トウコはいそいそと携帯を取り出す。
「け、結構ですぅぅぅ!!」
「あ、お待ちになって?」
 その刹那、監視上等な束縛女を紹介されては堪らない、とばかりに、トウコが手を離した隙を突いて逃げ出す信者。
 女の恐さを嫌という程思い知らせたトウコは、もう一押しとばかりに、他の信者達を品定めすべく眺めた。


「んー、ぎるてぃっ!」
 次いで、蛇荷・カイリ(あの星に届くまで・e00608)が、にこやかな顔ながら親指を地面へ向けてグッと突き立てた。
 流れるような銀髪と褐色の肌が色っぽい、豊満な肢体を持ったシャドウエルフの女性。
 性格はさばさばとした姐さんタイプで、酒と賑やかな祭りが好きだそうな。
「んー、あなた達年収はいくら?」
「な、何!?」
 カイリは信者達をわざとじろじろ遠慮のない視線で見やり、これもわざと不躾な質問を投げかける。
「えっ、年収よ年収。私は出来れば年収2000万くらいの男性と付き合いたいなぁ」
「にせっ……2000万!?」
 カイリの理想の高さに驚愕する信者達。
「あ、あとスポーツカーももってて、身長は少なくとも180cm以上?」
 それこそが彼女の説得のキモ、『余りに高過ぎる理想の男性像』である。
 空丸のような暴力に頼った脅迫や、ミリアやトウコのような内に秘めた狂気系でもない、男を怖気づかせる手段としては、とても斬新な方向性だ。
「後はそうねぇ、年収が高い中でも友達に自慢できる職業のほうがいいかなー……あっお医者さんとか!」
 努めて明るく振舞いつつ、まるで脅しのような条件をあっけらかんとのたまうカイリ。
「年収2000万以上で」
「身長180cm以上の」
「医者、ですか……」
 情けない声で訊き返す信者達。
「女性って……そんなドラマの中にしかいないようなハイスペックな野郎が、その辺にごろごろしてるとでも思ってんのかな……」
「なんか……夢見がちとか通り越して、ただただ怖ぇな」
 カイリの目論見通りに、世の女性への認識を——大幅に下方修整の方向で、改め始めた信者達だ。
「本当、月島の刀が閃く前に信者やめた方がいいからな」
 そこへ、膝を抱えて小動物の如くぶるぶる震えている千梨が、淡々と忠告する。
「女性になった自分も愛せるならもう止めん。己が身を大切にしろ……俺からは以上だ」
「ううう、他の方の説得を聞いてイルだけで寒気が……」
 さらには本気で怖がっていそうなノーフェイスを見て、カイリは密かに苦笑い。
(「……いやまぁ演技なんだけども、そもそも私は大好きな彼がいるしにゃー」)
 その、カイリの大好きな彼である仁王は、恐らくカイリの助けになろうとして説得に参戦。
「だれでもいい? そんな浮わついた気持ちではどんなアプローチを繰り返したところで、一生相手には響きませんよ?」
 理知的な彼らしい物言いで、信者達へ正論をまっすぐぶつけていた。
「自分の一番も見つけられずに、ただ無節操に求めるだけの恋愛に何の価値がありますか!」
「す、すみません」
 皆の説得の甲斐あってすっかり大人しくなった信者達は、仁王の大喝にも素直に謝っていた。
「女性なら誰でも良いという無節操で不健全な根性では、寧ろ不幸が寄り付いてきますよ?」
 ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)は、口調こそ丁寧に信者達を諌めるも、その瞳からはひと月ぶりに光が失せていた。
「ともあれ、穿った認識を改めて、厳しい現実に立ち向かっていただきましょう」
 と、これもまた久しぶりに、持参したラジカセをかけるニルス。
『ごきげんようぼっちー、ようこそーぼっちー、あなたはー、いつまでー、おひとりさまーでしょうかー……♪』
 ぼっちの歌(仮称)が、様々な女の恐ろしさを知って疲弊した信者達の心に容赦なく突き刺さる。
『清楚で可憐な彼女』
 ギャルゲー、と低いコーラスが重なる。
『ツンデレな彼女』
 ラノベの挿絵。
『妹属性の甘えんぼな彼女』
 アニメ映画ポスター。
『包容力のあるお姉さんな彼女』
 アニキャラ抱き枕カバー。
『皆を虜にする僕って、罪な男だね……妄想は、時として麻薬ーおかんの視線にも気づかない〜♪』
 二次元に恋人を見出した男の末路を冷ややかに歌い上げる歌詞に、彼女いない歴=年齢の信者達が頭を抱えた。
「何この歌」
「心が痛いんですけど」
「類は友を呼ぶ……女性でも皆さんと類似した行動原理を持つ方はいます」
 図らずも自らの行動で恐い女を体現したニルスが、ノートパソコンの画面を見せる。
「違うのは、男性が肉欲を求めるのに対し、女性は財欲を求める方がいる事……」
 とある記事を開いて語るは、財産目当てで夫の命を奪った女性の話だ。
「過去に、自殺や事故を装ってご亭主となった男性……それも複数の方を殺害して逮捕されたご婦人がおりました。財産目当てなので誰でも良かったようです」
 現に、遺産や保険金目当てに夫を殺す妻というのは、実際の事件のみならずフィクションの作品でも幾度となく登場する。
 それだけ金に目が眩んだ女の行動力、理性のタガの弛んだ凶行の恐さは、広く認知されているという事だ。
「肉体関係を持つどころか骨の髄まで搾り取られ、挙句知らぬ間に生命保険をかけられ無惨に……命を擲つ経験、してみたいです?」
 ニルスが抑揚のない声音で粛々と問いかける。
 信者達は皆、首を千切れんばかりにぶんぶん横へ振るしかなかった。
「ノーフェイス、大丈夫か?」
「い、嫌ですネェ別にワタクシはいつも通リですヨヨ」
 友人である千梨の心配へ、足の震えが止まらぬノーフェイスは乾いた笑いを返す。
「そうか……」
 頷く千梨の顔も真っ青だ。借りたヘッドホンから流れ出た歌までが追い詰められた女の心情を歌っていた為だ。衣曰く大好きな鬱ゲーの主題歌らしい。


「聞くんだお前達、女性を舐めてはいけない……女性は決して、黙って愛でられるだけの存在ではない」
 千梨は気を取り直して——もっともその顔色は依然悪いままだが、何とか説得を試みる。
「大蛇に化身し、男を焼き殺した清姫、嫉妬心から生霊と化した六条の御息所の祟り、人の身のまま町を焼いたのは八百屋お七か」
 伝説、虚構、言い伝え——有名な話を虚実関係なく綯い交ぜにして語る所からも、彼の必死さがよく判る。
「このように……女性の情念は恐ろしい力を秘めていて……」
 信者達は信者達で一切口を挟まずに話を聞いていた。今までの恐怖体験が尾を引いているのだろう。
「ん? こんな伝説や逸話を引き合いに出されても遠回り過ぎて心に響かんか?」
 しかし、千梨は彼らの反応の薄さを敢えて関心の低さと誤解した風に装って、
「でもな? 現代の、女性の、リアルな恐さを、此処で俺に語れとか——殺す気か?」
 やたらと凄みのある目つきで信者達を睨みつけ、トドメの一言を放った。
「ひぃぃぃぃ!?」
 見れば、トウコもニルスもミリアもやたらイイ笑顔で千梨やノーフェイスを見守っている。
 千梨によって散々女性への畏怖の念を植えつけられた信者達には、彼女らの微笑がとことん恐ろしいものに感じられた。
 他方。
「やっぱりここにいたのね!」
 突然金切り声を上げて進み出てきたのはフィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)。
 豊かな黒髪と思慮深い光を湛えた銀の瞳が印象的な、竜派ドラゴニアンの美女——なのだが、今はわざと髪をボサボサにしている。
「どうせそうだと思ってた、夕べもここにいたでしょ?」
「だ、誰だお前、何で知ってんだよ!!?」
 フィストはつかつかと信者の1人へ歩み寄り、掴みかからんばかりの勢いで言い募る。
「言わなくてもわかってるわ、あんたが私の妹とイチャついてたってことくらい!」
「誰だよ妹!!?」
 悲鳴ともツッコミともつかぬ叫び声を上げる信者。
「お前彼女いたのか……」
「違うからな!?」
 他の信者にまで疑われて必死に否定する様は、全てフィストの嘘だけに気の毒でしかない。
「違う? 違うですって! あんたは女となら誰とでも寝る奴よ! 今までだってチエ、ケイコ、ユウリ、キョウカ……」
 すらすらと女の名前を並べ立てるや、次はビルシャナをビシッと指差すフィスト。
「かと思えばそこの鳥頭とゲイバーでお楽しみだったって聞いたわ!」
「はぁ!? 俺も教祖様も男に興味ねぇし!!!」
「……そう、信用してやってもいい」
 信者の訴えをようやく聞き入れる気になったのか、フィストは深く頷いて——拳銃を構えた。
 言葉と行動の不一致が怖過ぎる。
「3秒数える間に私の前から消えて。この大嘘つきの、浮気者!! 二枚舌の薄汚いゴキブリ、今すぐここから出て失せろ!」
 パンパンパンパンパンパン!
「ぎゃあああああ!?」
 フィストは拳銃を全弾発砲して、信者全員を震え上がらせた。
 当然拳銃は撮影用小道具であり、弾も全て空砲なのだが、照準を定めると同時にパニックテレパスを併用する辺り、実に手の込んだ演技である。
「ふっ……くくククク、アーッハッハッハッハッハ!!」
 狂ったように高笑いを続けるフィスト。
 彼女曰くの『ストーカー気質で人の話を聞かない、ヒス気味の発狂女』を見事演じきってみせたのだった。
「助けてノーフェイス、許して女性の皆々様……俺は今、己の身と心を守るので精一杯だ」
 他者を説得する暇なんぞあるか、と呻く千梨は涙声である。
「ええ、助けられるかはともかくワタクシは平気です……え、演技ですかラね。これは演技……」
 ノーフェイスは口だけは気丈に振る舞うも、膝がガクガク震えていて語らずとも落ちている状態だ。
 ケルベロスの男2人でもそんな有り様だから、一般人たる信者達の怯えはその比でなく、
「女って怖ぇえ!」
「俺、もう暫く彼女要らんわ」
「俺も……」
 女性恐怖症が危ぶまれる程に、信者全員が女性への執着を捨てて、ようやく女子は尊い教からも解放された。
「ぐぐ……」
 ビルシャナが歯噛みするも、呻き声に生気がない。
 ともあれ、後は奴をぶちのめすだけだ。
「どちらが疾いか勝負といきますか、カイリさん」
 空丸は日本刀を構えてビルシャナへ肉薄、緩やかな弧を描く斬撃を見舞う。
「おっ、そりゃあ負けてられんわさ! 負けたほうがジュース一本奢りよ!」
 カイリも木刀に空の霊力を込めて、ビルシャナへ思い切り叩きつけた。
 戦闘が続く中、さっきの連携攻撃では飽き足らず、ビルシャナに迫る空丸。
「それでは、選んでいただきましょう。切り落とされたいですか? すり潰されたいですか? ねじ切られたいですか?」
 そして、返事を待たずに我流の剣術がビルシャナを襲う。
「フルコースがいいですか? 結構。是非ご堪能ください」
 ついに引導を渡した一撃は、空丸曰くの『疾風の型・去勢特化特別篇』だそうな。
「慣れないことはするものではありませんわね♪」
 無事にビルシャナを倒せた安堵からか、ニルスの淹れたラベンダーティーでホッとひと息つくトウコ。
「これが噂の女子会ってやつですか?」
 空丸はラベンダーティーと一緒に振る舞われたアイスボックスクッキーへ目を輝かせる。
「……これで良かったのだろうか……」
 フィストは、さっきのなりふり構わぬ演技を後悔しているのか、複雑そうな呟きを洩らした。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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