春色をすべて紅に

作者:雨音瑛

●春先の商店街にて
 あたたかな日差しが、商店街に差し込んでいる。植えられた桜も葉桜となりりそれぞれの店で売っているものもどこか楽しげな色合いだ。
 しかしそれは、ほんの数分前までのこと。
 商店街はいまや血にまみれ、1体のエインへリアルが虐殺の限りを尽くしていた。
「ひゃーははァ、ほらほら逃げろォ?」
 遊ぶように斧を振り回し、逃げ惑う人々を追いかける。エインへリアルは3メートルもの巨体を揺らしながら、すぐに人々に追いついた。
「逃げても無駄だけどなァー! あっひゃはァ!」
 エインへリアルが斧を振るたび、人々の命が散っていく。

●ヘリポートにて
 エインへリアルによる人々の虐殺事件が予知されたと、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が告げる。エインへリアルが現れるのは、とある商店街上里・藤(レッドデータ・e27726)が警戒していた場所だ。
「このエインへリアルは、かつてアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしい。放置すれば多くの命が奪われるのはもちろん、人々に恐怖と憎悪をもたらす」
 結果、地球で活動するエインへリアルの定命化を遅らせる、ということも考えられる。
 急ぎエインへリアルを撃破して欲しい、とウィズがケルベロスたちを見渡した。
「戦うことになるエインへリアルは1体。名は『ヴァルタル』といい、ルーンアックスを武器として扱うようだ」
 ヴァルたるは、知能は高くないものの、戦闘力はそれなりにある。
 また、戦闘となるのは人で賑わう商店街。現場に到着したら人払いをした方が何かと都合が良いだろう。
「このエインへリアル『ヴァルタル』は、使い捨ての戦力として送り込まれている。そのため、戦闘で不利な状況になっても撤退することはない」
 人避けをしたら、とにかく撃破だけを考えて戦ってほしい、とウィズは締めくくった。
「凶悪なエインへリアル、しかも重罪人をこのまま放っておくわけにはいかないッスよね。みんな、協力を頼むッス」
 帽子のつばを上げ、藤はケルベロスたちを見渡した。


参加者
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)
神咲・刹那(終わりの白狼・e03622)
天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)
森嶋・凍砂(灰焔・e18706)
宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)
上里・藤(レッドデータ・e27726)

■リプレイ

●五月晴れの商店街
 仲間がヘリオンから降下していくのを見て、一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)は慌ててノートパソコンを閉じた。やりかけのレポートを尻目に、彼もまた勢いよく降下してゆく。
(「ケルベロスだからって甘く見てくれる教授じゃないしなあ……」)
 ため息ひとつ、雄太は着地する。いま集中すべきはレポートではなく、戦闘のこと。さっさと倒してレポートを再開しようと意気込むのであった。
 ケルベロスが降り立った商店街は予知どおりの混雑を見せていた。人混みにまぎれて、あたりを見回す。と同時に聞こえるのは、ずん、と響く足音。人混みの中でも目立つ『それ』は、斧を手ににんまりと笑っている。
「現れたな。予想通り図体ばかりでかい典型的な脳筋なオマエ!」
 雄太が指差す先にいるのは、今回戦うことになる相手――エインへリアルの重罪人『ヴァルタル』だ。
「私たちはケルベロスよ。どうか落ち着いて避難して」
 声の届く範囲に、割り込みヴォイスで避難を促すのは天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)。ケルベロスコートも着用し、一般人にその存在と意図を示す。
「あっちには警察も来てるッスよ!」
「この場はオレたちに任せな!」
 同じくケルベロスコートを身に纏った上里・藤(レッドデータ・e27726)と、プリンセスモードを発動して一般人を鼓舞する巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)も声を張り上げ、避難を促してゆく。
「このままでは皆さんが危険です! エインへリアルの対処は私たちに任せて、速やかに避難してください!」
「足元に気をつけて、確実にこの場から避難してくださいね」
 隣人力を発動しながら事態を大声で説明するのは、メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)。神咲・刹那(終わりの白狼・e03622)もケルベロスであると名乗りを上げて避難活動に協力する。
「戦闘になったら面倒みてられないんだからね、自力で逃げ――」
 割り込みヴォイスで呼びかける森嶋・凍砂(灰焔・e18706)の声が止まる。視線の先には、ヴァルタルの進行方向で転んでしまった子ども、それを助け起こそうとする母親と父親が。眉根を寄せ、凍砂は素早く駆け寄った。ヴァルタルに地裂撃を叩き込み、親子をかばうようにして呼びかける。
「ほら、早く逃げるのよ!」
「あ、ありがとうございます!」
 父親が子どもを抱え、母親とともに走ってゆく。彼らの背中を少し羨ましそうに見送る凍砂に、ヴァルタルの影が落ちた。
「ひゃははははァ! バカめぇ、背中ががらあきだァ!」
「どう考えてもあんたの方が馬鹿でしょ」
 冷たく言い放ち、凍砂は身構えた。
 しかし、振り下ろされた斧を受けたのは。
「感心しないな……」
 ウイングキャット『ミコト』を連れた、宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)であった。
「春うらら、美しい季節に血飛沫も悲鳴も要らないさ。地球は罪人の処刑場ではないんだが……罪人は罪人らしく裁いてやろう」
 相棒の茶トラ猫とともに、季由は大人びた笑みを浮かべてヴァルタルを見上げる。
「守ると決めたなら守り通す――いくぞ、ミコト!」

●断罪
 商店街には、ケルベロスとヴァルタルだけが残された。
 最初に動いたのは藤だ。一気に駆け寄り、ヴァルタルの横っ面を殴るように蹴りつける。思い切り、容赦なく。
「こンの……痛ぇんだよォ!」
 直後、ヴァルタルが陽光を背に跳躍した。
 素早く振り下ろされた斧の一撃は、存外大きな傷を藤に刻み込む。だが、すぐさま真紀が分身の術を使用して、藤の傷を癒やす。消えた傷の跡をさすって、藤は真紀を見遣った。
「ありがとうございます、真紀さん。今回もよろしく頼むッス」
「ああ、任せとけ」
 藤の姉と真紀は友人であるが、真紀にとって藤もまた友人。以前よりは余裕が見えてきた少年に笑いかけ、真紀は軽やかにターンする。
 と同時に、前衛の背後で無数の色をばらまく爆発が起きた。
「ふむ……面倒だな」
 つぶやくのは、季由。先ほど傷を受けた藤の状態異常は消え去ったものの、今後すべて打ち消していけるとは限らない。ヴァルタルの攻撃で受ける状態異常の数は、少しばかり多いのだ。
「だが、俺達ならやれる! 癒し守りきってみせよう!」
 季由の言葉に同意するように、ミコトが翼をはためかせる。主と同じく前衛を対象に風を送り込めば、雄太の放ったいくつもの魔法の矢がヴァルタルへと突き刺さる。
「罪人だがなんだか知らんがとっととぶっ倒して帰るぞ!」
 提出期限の近いレポートのために、という言葉を飲み込むと、刹那が力強くうなずいた。
「己の欲望のままに虐殺を行うエインヘリアル、断じて許せません。しっかり叩きのめして二度と戻って来れないようにしましょう」
 刹那はヴァルタルへと肉薄し、相手のみぞおちへと痛烈な蹴りを見舞う。
 戦況を確認したところで詠唱を始めるのは、メリーナ。
 ヴァルタルの周囲に、大量の『影絵芝居』が展開される。
「緞帳が降りて、『魔法』が解けて――」
 指を弾く、一瞬の音。輪郭を失って崩れた影がヴァルタルの影と同化し、下半身を絡め取る。重力がヴァルタルを引き込み、足元から破壊してゆく。
 どうにか抜け出したヴァルタルを、摘木が見上げるように観察する。
「大きいわねえ。びっくりねえ」
 言いつつ、摘木はライトニングロッドを構える。
「何を食べたらこんなに大きくなるのかしら……。おおきく立派に育ったけれど、悪い子は放ってはおけないわ」
 雷光が走り、ヴァルタルに直撃する。次いで摘木はかたわらのビハインド『彼』に微笑みかけ、視線でヴァルタルを示した。無邪気ににゃいにゃいと鳴いて、彼は商店街の看板などをヴァルタルに飛ばしてゆく。
「次から次へと……! なんだ、何人いるんだ!? 一、二、三……くそッ、たくさんいるじゃねェか……!」
 斧を振り回しながら勝手に頭を抱えるヴァルタルを見て、凍砂が鼻で笑う。
「ほんと馬鹿な奴。こんな奴相手に負傷者なんて、絶対出したくないわね」
 そう言いながら、凍砂は地裂撃を喰らわせ――呻くヴァルタルを見もせず、続く仲間のために距離を取った。

●罪状
 ケルベロスたちは連携し、四方八方からヴァルタルにダメージを与えてゆく。ヴァルタルからの攻撃で傷を受ければ、的確にヒールを施してゆく。
 いくら攻撃を仕掛けても果敢に挑んでくるケルベロスたちに、ヴァルタルは苛立ちを募らせていた。
「があああッ! うっとうしいんだよおおおおッ!」
 咆吼を上げるヴァルタルに、刹那が接近する。それはまるで、揺らめく影のように捉えどころが無いものだ。
「逃げられると思わないことですね!」
 繰り出されるのは、視認することが困難な足技。
 刹那の攻撃を受けて体勢を立て直そうとするヴァルタルを、凍砂は逃さない。伸ばしたケルベロスチェインが、ヴァルタルをぎりぎりと締め上げる。
「逃げられるとでも思ってんの? ……ああ、捨て駒だから逃げないんだっけ」
「逃げるゥ? このオレがァ? 冗談はよせよォ」
 捕縛を解いたヴァルタルはにやりと笑い、自らに破壊のルーンを宿す。加護を破壊する力が付与されたのだ。
 藤は商店が破壊されにくい位置へと回り込み、大量の矢を撃ち出す。次いで後方にいる知人を――初めて一緒に仕事をする摘木を見遣った。
「摘木さん、続けてお願いします!」
「ええ、任せて。……それではお願いしますね」
 摘木がファミリアロッドをまるまるとしたひよこの姿へと変える。魔力を籠めてヴァルタルへと撃ち出せば、彼が瞬時にヴァルタルの背後へと出現して攻撃を加えた。
 摘木の元に戻って元気に鳴く彼を見て、真紀は思わず微笑んだ。
「まったく、元気いいガキだぜ」
 慣れた様子で何度目かの分身の術で刹那を癒やし、護る。
「調子に乗って分身出しまくっちまったわ。まあイイさ、今日のオレは一人でバックダンサーチームだぜ」
 どこか得意気に、踊るような動きで立ち位置を調整する真紀。
 一方の雄太は、力任せの達人の一撃をヴァルタルに叩き込んだ。
「あんまり拳法とかの心得はなくてね! こっからは喧嘩だ!」
 ひたすらに攻撃をする雄太をはじめ、前衛のには、いくつかの状態異常が見受けられる。
 季由が作り出した花々の花弁と暖かな癒しの光が、前衛に降り注ぐ。幻想は清らかな雨となり、傷を癒やしながら浄化をもたらす。
 ふわりと舞い上がる美しい花々の花弁と暖かな癒しの光。それは幻想。涙のように清らかな雨が降り、傷を癒し浄化する。「幻想幻魔・癒華」に重ね、ミコトが羽ばたいて清らかな風を送り込む。
 続くメリーナはヴァルタルを見上げ、問いかける。
「教えて? あなたは何をした人?」
「まあ、いろいろやったけどよォ……なんだ、言ったら見逃してくれんのかァ?」
 下卑た笑みを浮かべるヴァルタルから視線を外し、メリーナは黙って首を振る。
「……まさか。別に答えたら許すとかじゃないです。シスター気取りでもありません。知ろうともせずに殺すなら、私もただの虐殺者に成り下がるから」
 フロスト・ランスナイトのエネルギー体を召還するための詠唱が、メリーナの口からこぼれる。
「私の罪も教えて欲しいな――これは、独り言」
 身体の一部を氷に覆われるヴァルタルの悲鳴で、小さな呟きはかき消された。

●判決
 どれくらいの時間が経っただろうか。
 ヴァルタルがあとどれだけの攻撃に耐えられるのか、正確なところは不明だ。
「でも、俺たちの方が優勢ッスね」
「じゃあ畳みかけるとするか! ――ここがお前の墓場だっ! 暗闇脳天落とし!」
 雄太がヴァルタルを逆さまに抱え上げる。その後は頭を膝で挟み、落下する。ヴァルタルの頭が石畳に叩きつけられ、凄まじい衝撃が雄太の膝にも伝わる。
 一瞬だけヴァルタルが沈黙した隙に、ミコトが必死に翼をはためかせた。
「くっそォ……この俺が、負ける、だ、とォ……?」
 歯噛みするヴァルタルを、季由は冷たく見遣る。
「使い捨ての戦力とは悲しいものだな。罪を犯したならば自業自得だ。しかし……この美しい星の、美しい春の季節の中で死ねるなんて、お前は幸いだろう? 春の棺の中で、散るといい」
 季由は、季由の大事な世界と大事な人たちを護るまでだ。ヴァルタルの正中線沿い、胸部へと痛烈な一撃を叩き込む。
「足元もお留守なら頭もお留守ね! ああ、馬鹿な反応はもう要らないわ、見飽きたの。さっさとやられてくれないかしら?」
 チェーンソー剣を唸らせ、凍砂はヴァルタルの脚を斬りつける。ヴァルタルがエインへリアルであるということは、凍砂には関係ない。後腐れなく倒せる敵とあって、ひたすらに楽しそうに武器をふるってゆく。
 ヴァルタルは腕から血しぶきを上げ、後ずさった。
「この子が暴れると定命化が遅れるって話だけれど、逆にケルベロスの方が強くて怖くないって認識されてしまえば定命化が加速するのかしら」
 小首を傾げて気にしながら、摘木は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「少しだけ、悪戯しましょう」
 言葉、そして願いとともに、ひときわ重量のある喫茶店の看板が浮かび上がった。看板は不思議な軌道を描き、ヴァルタルの顎を打ち上げる。
 彼女の真似をするように、彼も植木鉢などを飛ばしてはヴァルタルに命中させてゆく。
 振り払うようによろめくヴァルタルに、メリーナが軽く跳躍して達人の一撃を決めた。
「役者はね、動けないと話にならないんでーすよ♪」
 ヴァルタルに問いかけた時の雰囲気ではない。芝居をする時のような表情で、メリーナは動き回る。続けて降魔の一撃を正面からお見舞いたのは、刹那。
 ヴァルタルは既に虫の息だ。
「こんな、ところでェ……!」
「そうだ。『こんなところ』でお前は『終わり』だ。――畏れろ」
 藤の言葉に呼応して、一つ目の竜『イチモクレン』がグラビティで形成されてゆく。そのまま藤の足元に渦巻き、台風のエネルギーを形成する。
 石畳を蹴り、ヴァルタルを正面から捉える。凝縮された台風のエネルギーが、藤の脚から放たれた。凄まじいまでの風と水による衝撃は、ヴァルタルを吹き飛ばし、消滅させた。
 巨躯が石畳に落ちる音すら、聞こえない。
「終わったか」
 季由が呟き、ミコトを撫でる。あたりを見渡せば、戦闘によって被害が発生していた。それでも破損箇所は少ないため、ヒールを終えるまでそう時間はかからないだろう。

 一般人の被害も重傷を負う仲間もなく、ヴァルタルを撃破できた。しかし、雄太はどこか落ち着かない様子だ。
「罪人もいいけど、俺は明日提出のレポートがあるんだよ!」
 そう叫び、雄太は駆け出してゆく。戦闘は無事に終わった。次はやりかけのレポートを終わらせる時だ。
「罪人、か……こうも頻繁に罪人を流されても困るな。しかし、勇者にはこんなに罪人もいるのか」
 肩をすくめ、季由はミコトと視線を合わせる。
「せっかく商店街に来たのだから何か土産がほしいな。今の時期なら柏餅だろうか」
「柏餅、いいわねえ。……あら、食べたいの?」
 元気に鳴く彼を見て、摘木は微笑んだ。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年5月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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