ミッション破壊作戦～光輝の剣よ、回廊を穿て！

■リプレイ

●心なきモノ蔓延る地
　広島と島根を跨ぐ西中国山地の最高峰、恐羅漢山。
　名に違わぬ立派な山であり、様々に楽しめる観光地でもある。
「それがこのような状態とは、悲しいことでございます」
　ダモクレスが蠢く現状を見下ろして、ステイン・カツオ（クソメイド・e04948）は呟く。
　本来なら山開きの時期を迎え、春の訪れも感じることが出来たはず。
　しかし強襲型魔空回廊を破壊しない限り、この地に人が踏み入ることはままならない。
「今度こそ……！」
　三度目の正直だ。白波瀬・雅（サンライザー・e02440）は、グラディウスを強く握りしめた。
　先だって同地で行われた二回の破壊作戦に携わり、強固な防壁に苦杯をなめさせられたから。それも高ぶる理由の一つではあろうが、何より広島は雅の生国。家族や友人、自らを育てた地に住まう人々を脅かす存在は絶対に許しておけない。
　大切なものを守るために、必ず。
　その決意には前回から引き続き参戦した御影・有理（書院管理人・e14635）も志を共に。胸元の銀薔薇へと触れて守護を――そして雅の助けとなることを誓う。傍らには彼女の在り方を示すように、ボクスドラゴンのリムが静かに寄り添っていた。
「大丈夫だよ。深海竜の回廊だって壊してやったんだからさ」
　神妙な空気に、二人を励ましたのはカッツェ・スフィル（黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121）だ。
　初めて発動されたミッション破壊作戦において、彼女や有理、雅を含めた一団は大戦果を上げた。最良の結果を呼び込んだ要因はケルベロスの熱意と覚悟に他ならず、その力を存分に発揮することが出来れば、今日もグラディウスは応えてくれるはずである。
「それじゃ……行くぜ！」
　しっかりと剣を握り直したルト・ファルーク（千一夜の紡ぎ手・e28924）が、空中に半身を乗り出し――。
「さぁ行くぞ往くぞ征くぞ！！」
　飛び出そうとした矢先、此方も前回から続いての参戦となる服部・無明丸（オラトリオの鎧装騎兵・e30027）が追い抜いて、勢いよく落ちていった。
　ウイングキャットの有明が不機嫌面で続き、ルトや他の者たちも雪崩れるようにヘリオンを蹴る。
「ここを潰すことで、多少なりともダモクレス事件が減りゃあいいんだけどねー……」
　最後にエリシエル・モノファイユ（銀閃華・e03672）が独り言ちて、空に身を投げればドーム型の防壁はみるみるうちに迫った。
　打ち破ることが出来るただ一つの武器に、ケルベロスは想いを込める。

●魂託す光の剣
「ぬぁあああーーーッッ！！」
　防壁に刺さる感触を得て、無明丸が吼えた。
　込められた想いは、愚直すぎるほどに以前と変わらない。第二の故郷たる地球。家族と戦場をくれた地球。その一部をぶちぶちと穴だらけにする「クソたわけども」を一層してやろうと、漲る戦意は雷に変わって解き放たれる。
　そこに、まず加わったのはカッツェ。
「もみじ饅頭やお好み焼きや穴子飯や牡蠣……とにかく広島には美味しい物がいっぱいあるんだ！　それを作ってくれる人達やカッツェ達をパーツ扱いするダモクレスが守る回廊なんか壊してやる！　食い物の恨みが一番怖いって事、思いしれ！！」
　人の三大欲求に直結するような純粋かつ強い叫びを上げて、それからカッツェは「東北でも好き勝手やってくれた分のお礼だ！」と主題を付け加え、グラディウスを押し込む。
「食い物だけじゃねえ。本来ならこの山でスキーができるはずだったんだよな」
　続くはステイン。
「他の山でできねえこともねえけど、ほら、思い入れのある場所だって人もいるじゃん？　自然だから他では見れない景色だってある。やりたいこと、見たい景色、行きたい場所、もう一度行きたい場所……アンタら、どれだけのもん奪ってるかわからねえだろ？」
　心無いダモクレスなら尚の事。
「……アンタらが奪ってんのは命だけじゃねぇ。魂だ。人の心、一つ一つだ！　誰かの帰る場所だ！　それを奪われたままにさせられるかってんだよ！！」
　言葉は次第に鋭くなり、ステインが心の底より叫んでいることを示した。
　光の剣も応じて、放出する力を強めていく。
　それをより大きなものへと変えるのは、ルトの哮り。
「オレは私利私欲の為に人々を襲う、心無いダモクレスが許せない……突然現れて、理不尽にみんなの未来を傷つけ、奪っていく、お前たちデウスエクスが許せないんだ！」
　防壁の向こう。雷光に翻弄されるダモクレスの群れへと浴びせ掛ける台詞は、一音ごとに苛烈さを増す。
「お前たちは奪われる側の気持ちを考えた事があるか！　当たり前の日常が壊される怖さを、大切な人を喪う辛さを……考えた事はあるのか！」
　絞り出す感情の源。脳裏に過る光景が、自然の姿を失った胸の奥深くを疼かせる。
　その疼きまでも小さな剣に込めて、ルトはさらに叫ぶ。
　熱情は激しい光を呼ぶと同時に、仲間さえ焚き付けた。
　霧山・和希（碧眼の渡鴉・e34973）。外見そのままに穏やかそうな少年の、心にあるものを。
（「……お前達は今まで、どれほど多くのものを奪ってきた？」）
　天災の如くやってきては人々から何もかもを取り上げて。
　それだけでは飽き足らず『仲間』に作り変えることさえして。
　いったい、どれだけ生命を弄べば。人の心を踏み躙れば気が済むのか。
（「お前達だけじゃない……僕は見てきたぞ。ディザスター・キングの手下どもが仕出かしたことを！」）
　山奥のキャンプ場。オラトリオの集落。虐殺の痕。奪われた多くの生命。
　赦せるはずはない。
（「そう、許せるはずが……受け入れられるわけがないんだ」）
　まるで共鳴するように暴れだした光剣を、エリシエルが両手で押さえつける。
（「理不尽。不条理。そういうもんは昔っから大ッ嫌いなんだ！」）
　平等な死すらも奪い去るダモクレスの存在を、その所業に憤る心を、僅かな言葉に押し込めてやり過ごすわけにはいかない。
「善因には善果あるべし、悪因には悪果あるべし！　因果応報、天罰覿面！　斬り捨てろ、グラディウスッ！」
「貫き穿て！　平和を乱す、その全てを！」
「――砕け散れェェッ！！」
　エリシエル、ルトの叫びに和希までもが狂気じみた敵意を爆発させ、一つに束ねられた光は雷槍と化して防壁を打った。
　眩い輝きに目は眩み、衝撃がケルベロスの身体すらも攫って彼方へ飛ばそうとするほどに激しくなる。
　――しかし。
　防壁は彼らの叫びを嘲笑うかのように全てを受け止め、未だ其処にある。
「ッ……諦める、ものかぁッ！！」
　雅は血の滲むほど握りしめた剣に、魂を燃やして注ぐ。
「この光は私だけが放っているんじゃない！　山からの侵攻を食い止めてくれたケルベロス達、魔空回廊破壊の為に戦ってくれた仲間達、そして今！　ここにいる戦友達！　皆から託された想いの光なんだ！！」
　それがこんな壁に屈するはずがない。折れるはずがない。
　なにより諦めてしまえば、大切なものが危険に晒されてしまう。
（「そうして手を拱いていればまた――また誰かが哀しみに暮れ、涙を流すことになる」）
　有理の意識は時を遡り、残忍な虎型の機械、そして無残に放られた亡骸へと辿り着く。
　あの日、どれだけの人々が癒やすことの出来ぬ傷を負ったのか。
　護れなかった。悔恨は遠く、血を分ける大切な者を喪った日までも思い起こさせる。
　今も時折、悪夢として自身を苛む記憶。同じような痛みを、罪なき人々に抱えさせるわけにはいかない。
「――それが、戦友であれば尚更だ！」
　有理は雅と視線を交える。
　想いの拠り所は、あくまで『護る』こと。
　その為に振るう剣だ。そして瞬くほどの間に結びあった絆は、確かな力を喚んだ。
「全ての光よ！　ここに集まれッ！　悪意に満ちた回廊を、打ち砕けぇぇぇッ！」
　雅が一際大きく叫び、荒れ狂う雷槌が焔の塊を伴って防壁とぶつかりあう。
　凄まじい力の余波が、ケルベロスの姿を覆い隠す。

●想いを尽くした、その先に
　声が途絶え、雷光と豪炎が収まった。
　代わって立ち込める煙の中から見た防壁は――。
「……そん、な……」
　未だ崩れることなく、魔空回廊を守っていた。
　またしても。
　破壊に至らなかったという事実が、身も心も擦り切れるほど叫んだケルベロスたちに重くのしかかる。
　八本のグラディウスは、どれも相応の力を発揮していたはずだ。
　それでも。それでも、壊せなかった。
　何故。防壁が強固だからか、想いの力が足りなかったか、或いは。
　答えを求めて巡り始めた思考を止める音は、すぐに聞こえた。
「ルト、これ持っといて」
「ん？　あ、あぁ」
　これから背負う役目に万が一を考え、カッツェは見知った顔に剣を預ける。
　残りの者たちも決して失くすことのないようにしまい込み、それから見据えた山の奥。
　茂みと煙を越えて現れたのは、何本もの管をぶら下げる、巨大で恐ろしい機械。
「ケルベロス……アラタナパーツ……ステキナ、ステキナ」
「また会ったのう！　量産型殿よ、任務ご苦労！」
　無機質過ぎるあまり、かえって狂的な雰囲気のダモクレスフランケンにも尻込みせず、無明丸は拳を構える。
「さぁ相手になってもらうぞ！！」
　言うが早いか、格闘系オラトリオは地を蹴ってダモクレスに迫り、己の武器たる拳から時空を凍結する弾丸を叩き入れた。
　固い装甲を物ともせず侵入した弾は機械を蝕み、未来を奪う足がかりとなる。
「……ギギ……モクヒョウ、シュウセイ……分解！！」
　ダモクレスからも腕が伸びる。分解し、解体し、己の一部として再構成するための、慈悲なき腕。
　それが狙ったのは翼。己にはない部位だからだろうか。
「お前に付けたって飛べないだろ？」
　心底馬鹿にしたような声音で吐き捨て、滑り込んだカッツェが無明丸を庇う。
　身を貫く痛みにどす黒いものが煮えたぎるが、今日の役目は守ること。
「カッツェが倒れるまでは、まともに攻撃できると思わない事だね」
　反射的には手を出さず、敵の気を引くように言って睨み合う。
「――イクス」
　僅かに訪れた沈黙を破ったのは、和希の声。
　ケルベロスとして過ごす中で出会った異種の生命体は、まだ辛うじて穏やかさを保っていた『ともだち』の呼び声、そこに含まれる親愛の情に応じて形を変え、光り輝く粒子を放つ。
　まるで名残雪の如く。降り注ぐ光は前衛を務めるケルベロスたちに染み入り、感覚を研ぎ澄ます。
「いいね。ガラクタの見たくもない顔がよく見えるよ」
　カッツェの表情が、少女らしからぬものへと歪む。それは有理から脳髄を賦活されることで、より狂気を含んだものに変貌していく。
　戦場の時は再び動き出し、蹴りが一発、延髄を斬るように叩き込まれた。
　衝撃にぐらついた巨躯は、すぐさま元ある場所に戻って反撃を試みるが……蹴りを打った少女は不敵な笑みを浮かべたまま動かない。
　その必要はないと、分かっているから。
「お前なんかに時間をかけている暇はないんだ！」
　対角線上から雅が跳び上がり、脚に重力を宿して墜ちる。
　オウガ粒子の力によって精度を高めた蹴撃は、その大きな威力を一欠片も残さず炸裂させる。
　そして入れ替わり、今度はエリシエルが降る。
　愛用の太刀でなく、まずは脚で一発。先の攻撃で杭のように打ち付けられた敵を、上から下に裂く。
　微塵も動くことを許されないダモクレスに為す術はなく、機に乗じた有明が爪で掻いて抜ければ、リムもブレスを放射して援護。
「デカいうえに棒立ちじゃ、狙い所には困らないな！」
　ルトはドラゴニックハンマーを砲撃形態に変えて、破壊の力を撃ち放つ。
　それら全てを耐え凌ぎ、ダモクレスフランケンはようやく攻めに転じようとして。
　まるでどう動かれたのかも分からないまま、ステインの放った光の矢に貫かれた。
「……モクヒョウ、シュウセイ。シュウセイ。シュウセイシュウセイ、イ、イイイイ」
　刺さりどころでも悪かったか、無機質な音声が乱れる。

●戦いの果て、不屈を誓う
「私が目標なんだろ？　ほら、来いよ」
　山中で続く応酬に疲弊した様子も見せず、ステインは敵の真ん前に立ちながら言った。
　直後に振るわれる豪腕。ケルベロス解体を狙ったそれを真っ向から受け、しかしステインは怯むことなく言葉を吐き続ける。
「腕一本ぐらいならくれてやる。てめぇの魂とこの山を置いて逝きやがれ」
　呟きは己に暗示をかけ、肉体を硬化させ、ドワーフの頑強さを引き出す。
　自身より遥かに小さな者の抵抗に、ダモクレスフランケンは僅かに後ずさった。
　その瞬間、鋼鉄の肌を撫でるほどに近くから現れる、おぞましい何か。
「さあ……来い……ッ！！」
　オウガメタルに呼びかけた者と同一とは思えないほどの狂気を、和希が内なる世界から解き放つ。
　顕現した無定形のそれは、鉄を容易く貪り喰らって消える。
　替わって、巨体の真後ろから聞こえる囁きと、伸びる漆黒の大鎌。
「ガラクタの行く場所なんて、一つしかないんだよ」
　それは即ち、死。
　カッツェは青い瞳に冷たい光を宿し、鎌を引く。
　番犬が肉を食い破るように、ダモクレスの首元が裂ける。
　敵は、まだ倒れない。
　しかしカッツェは、予期した未来が確実に訪れるものとして、その証拠を――飛び込んでくる二人を見つめながら退いた。
「貫き穿つ！」
　湾曲した短剣によって開いた扉の先、雷鳴轟く漆黒より迸るただ一閃をルトが掴み取り、突き立てる。
「シャイニング・ストラァァァイク！」
　剣へと込めたものに引けを取らない、強い想いを光に変えた雅が流星のように降って、撃ち貫く。
「再構築……再構……サ、サイ……」
「さぁ！　いざと覚悟し往生せい！！　ぬぁああああああーーーッ！！！」
　機能の修繕を図るダモクレスを仕留めるべく、グラビティ・チェインで輝く拳を無明丸が思い切り叩きつけ。
「山辺が神宮石上、神武の御代に給はりし、武御雷の下したる、甕布都神と発したり。万理断ち切れ、御霊布津主！」
　脱力した状態から一瞬で詰め寄ったエリシエルが太刀を振り抜けば、ダモクレスフランケンは自らが両断されたことも理解できぬまま、再構築と口ずさみ続け、やがて沈黙した。

「わははははっ！　この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ！　鬨を上げい！」
　無明丸の朗々とした声が響く。
　が、それに続くものはない。鉄塊を眺めても、ケルベロスたちの達成感は薄い。
「……さて、長居は無用。用も済んだし三十六計といきましょうかね」
　一時的に力を失った光剣を見やり、エリシエルは言った。
　彼方からは自然のものでない音が聞こえてくる。
　直に、降下攻撃の余波から立ち直ったダモクレスの群れが押し寄せてくるはずだ。
「必ず、必ずぶっ壊してやるからな！！」
　カッツェが悔しさを込めて、防壁に吐き捨てる。
（「……そう、必ず。私は諦めないよ」）
　雅も再びの挑戦を固く誓って、山を後にするのだった。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年5月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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