●赤い宝石
春陽の光をたっぷりと浴び、真赤に育ったいちご。
鮮やかな緑の葉の間にちょこんと生っている果実はみずみずしく、朝陽を受けてきらきらと輝いていた。今日も良い苺ができたと頷き、農園を手伝う少女は淡く笑む。
「あまい苺の見分け方、ひとーつ! ヘタが元気で緑が濃いもの!」
ハウスの中に整然と並ぶ苺達を見てまわり、少女は食べごろのものを摘んでいく。
「ふたーつ! ぴかぴかしてきれいなもの!」
ちいさな宝石のような苺を手に取った彼女は嬉しそうに口元を綻ばせた。
少女は父が育てる苺が大好きで大好きで堪らない。特に今日は「朝ごはんのデザートにする素敵な苺をみつけておいで」と送り出されたのだ。農園の娘として、とびっきりの苺を摘んでいかなければならない。
そして、少女がとある苺に手を伸ばしたとき。
「みっつ……――え?」
苺だと思っていたものが急に蠢き、その身体を一瞬で絡め取ってしまう。
大好きな苺が攻性植物になってしまった事も分からず、少女の意識は其処で途切れた。
●いちごのイチカ
攻性植物が少女を宿主にして暴れ出す。
そんな未来が予知されたのだと話し、野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は助けに行きたいと仲間達に告げた。
「その苺ね、『壱花』っていうんだって。ううん、わたしのことじゃあなくって……!」
ふるふると緩く首を振ったイチカは自分と同じ響きを持つものについて語る。事件の現場になった農園で育てられている苺。その名は壱花(イチカ)。
その一株が今回、攻性植物となってしまった。
ひとつの花が実を結ぶという意味で名付けられたという壱花はとてもいい名前だと感じる。しかし、自分の名を褒めているようでそわそわしてしまう。
「んん、なんだかすこしくすぐったいな。けれどしっかり倒しにいかないとね」
これが気恥ずかしいという感覚なのだろうか。それでも不思議と他人事には思えない。気を取り直したイチカはぐっと掌を握り締め、倒すべき相手について説明をはじめた。
現在、少女の身体を操った敵は農園のハウス内にいる。
しかし、内部で戦ってしまうと周囲の苺が被害を受けてしまう。そうさせないためには外で待ち構え、敵が出て来た所へ戦いを仕掛ければいい。
幸いにしてハウスの周囲はひらけた場所。
其処で戦えば問題は起こらないと告げ、イチカは注意事項を話してゆく。
「みんな知ってると思うけれど、そのまま敵を倒すとおんなのこも一緒に死んじゃうんだよ。だから、助けるならヒールをかけながら戦わなきゃいけないの」
ヒールグラビティを敵にかけても回復不能ダメージは少しずつ蓄積する。それゆえに粘り強く攻性植物を攻撃して倒せば少女は解放されるのだ。
救える可能性が僅かでもあるならば助けない選択肢はない。
イチカが真っ直ぐな銀の眼差しを仲間に向けると、話を聞いていた遊星・ダイチ(戰医・en0062)が良い瞳だと小さく頷いた。自分も同道すると告げた彼に対し、イチカはよろしくねと微笑みを返す。
仲間といっしょならば何の心配もない。まるでそう告げるような笑みだった。
そして、イチカは戦いの後について考える。
「ね、せっかく農園にいくんだから苺狩りをしてみたいな。できるかな?」
「そういうと思って申し込みの準備は整えておいたぜ」
するとダイチが件の農園でひらかれているという苺狩りのパンフレットを取り出す。何を隠そうこのドワーフ、苺が好物のひとつだという。それはさておき、苺を存分に採った後は農園の自由な場所で食すことが出来る。
木陰のベンチや木製テーブル、緑豊かな草野原のうえ。
弁当や菓子などを持ち込んでも良いらしいので春のピクニックが楽しめる。周囲には春の花も咲いているので季節を感じることもできるだろう。
楽しみだね、と口にして後の事を想像したイチカは改めて気を引き締める。
「そのためにはまず、おんなのこと農園を助けないとね。いっぱいがんばろ!」
大好きな苺に襲われるなんて、怖い記憶はさようなら。
全てを救い、助けた先に待つ春の日を思い、イチカはふわりと双眸を細めた。
参加者 | |
---|---|
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218) |
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662) |
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918) |
鮫洲・蓮華(じゃすと・e09420) |
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344) |
花唄・紡(宵巡・e15961) |
幾島・ライカ(スプートニク・e22941) |
苑上・郁(糸遊・e29406) |
●過ぎゆく季節に
春の風とやわらかな陽射し、そして赤い宝石。
此処は苺の苑。小さな花が咲き、実を結んだ果実がみのる小さな農園。緑が鮮やかな春の園にて、集った仲間達は其々に決意を抱く。
「待ってくれない春をせいいっぱい堪能するためにも、がんばりましょう!」
幾島・ライカ(スプートニク・e22941)は視線の先にあるハウスを見つめて掌を握る。その隣ではテレビウムの小麦粉も腕を組んで構えていた。
覚悟を決め、メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)はボクスドラゴンのコハブに身構えるように願う。そして、内部に声をかける。
「イチカちゃんと同じ名前の苺、すてきね。ねえ、苺のイチカちゃん?」
その声に反応して内部の影――攻性植物に操られる少女が動いた。アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)と花唄・紡(宵巡・e15961)は頷きあい、敵を呼ぶ。
「苺は採れたかしら?」
「おいしい苺はまだかな?」
――さあ、早く。
「おいで、可愛い苺の壱花ちゃん!」
紡達の言葉に続けてネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)が凛とした声を響かせれば、ハウスの扉がゆっくりとひらいた。
「こっちに来たみたいだよ。気を付けて!」
鮫洲・蓮華(じゃすと・e09420)はしかと身構え、遊星・ダイチ(戰医・en0062)も戦闘の布陣につく。
苑上・郁(糸遊・e29406)も緑に絡め取られた少女を見つめ、問いかけた。
「甘い苺の見分け方、三つ目はなぁに?」
だが、攻性植物は答えない。意識を奪われている少女が苦しげに呻く声だけが落とされた。郁は一瞬だけ瞳を閉じ、必ず彼女を救ってみせると心に決める。
苺を大切に思う気持ちを踏み躙らせる訳にはいかない。
だってきっと、苺の壱花は『だいすき』が詰まった幸せの味がするはずだから。
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は自分と同じ音の名を持つ苺を瞳に映し、薄く双眸を細めた。名前は同じでも、目の前の相手は違うもの。
「悪い子のイチカだなあ。わたしはもっと優等生だよ。さあ、一緒にいい子に戻ろ!」
身構えて杖先を差し向けたイチカは敢えて明るく笑って告げる。
そして、いちごの苑の戦いは始まりを迎えた。
●ダイジェストでお送りしています
――それから、緑と陽射しの中で激しい戦いが巡りゆく。
少女を救う為に仲間達は役割を決め、すぐに倒してしまわぬよう努めた。
「手強いけれど勝てない相手じゃあない。そうだろう?」
「うん、絶対に大丈夫! そうだよね、紡ちゃん」
「もちろん! あたしたちが支えてるから、ね」
ネロはひたすら敵の力を削り、その間に蓮華と紡が敵の体力を見て癒しに回る。
「皆さん頼もしいですね」
「それじゃあ、わたしたちも頑張らないとねえ」
「二人とも、お願い致しますね。わたくしも力を尽くしますから」
郁とイチカは攻性植物の動きを止めることを基として、アイヴォリーは敵が耐性を得ればすぐにその力を破壊した。
「皆さんをお守りするっすよ。小麦粉、気合い入れていきましょう!」
ライカと小麦粉、玉響とぽかちゃん先生は敵から放たれる一撃を受け止め、仲間を守り続けている。綿花も紡に合わせ、守りと回復を担った。
メイアは仲間の癒しに努め、誰も倒れないように戦線を支える。
「さぁさ、ステキな苺さん。ひんやり冷やしておいしく頂いちゃうからね」
メイアは真白の金平糖が詰められた硝子瓶を取り出し、倖せの皓星の力を広げてゆく。満ちる一粒の効果は癒しと強さに変わり、仲間達の後押しになる。
ダイチも癒しの手伝いを行いながら、果敢で可憐に戦う少女達の背を支えていた。
幾度もの攻防が繰り広げられた今、敵の力も後僅か。
ネロは此処からが勝負だと感じ取り、内なる魔力を紡ぎあげていく。
「苺ジャムになったりしてね」
片目を閉じて冗談めかしたネロは術式を発動させた。
柩の魔女が放つ禁果は敵の存在そのものを捻り潰すが如く、捩じ切るように迸っていく。其処に続いたアイヴォリーが片手を胸の前に掲げた。
「大人しくしていてくださいな、可愛い壱花。うんとやさしく、美味しく食べてあげますから!」
熟れ過ぎた苺を蜂蜜で煮詰められ、黄金の生地で幾重にも包み込まれる。アイヴォリー達の一撃が少女の命を削り過ぎぬよう、紡は己の指先に儚と虚実を宿した。
「おいしく調理したげるよ、可愛い壱花」
それにしても名前ややこしいなあ、と薄く笑んだ紡はイチカと壱花を見比べる。そして、指先で編んだ銀のリボンで境界線を描いていった。
だが、攻性植物も紅の果実で反撃に入った。ライカは敵の動きを察し、身を挺して毒の苺を受け止める。
途端に視界が揺らいだ。しかし、ライカは慌てずに相棒を呼ぶ。
「小麦粉! 美味しそうな動画を流してくださいっす!」
その声に応じたテレビウムは自分の画面に苺スイーツを映した。ショートケーキにタルト、苺プティング。果ては苺ミルクのかき氷まで。
郁は思わず動画に見入ってしまったが、すぐに気を取り直して相棒に願う。
「ユラもお願い。私達は一気に決着を付けます」
玉響も小麦粉に合わせ、めくるめく苺の動画を流していく。良い感じっす、と微笑んだライカは明滅する光を具現化し、遠く果てなる宇宙へと呼び掛けた。
光が加護となって巡る中、郁は花風の気を纏って拳を振るう。その一撃が転機を齎したと感じ、イチカは地獄の炎を迸らせた。
「いま、助けるから。だいじょうぶ」
イチカの炎は心電図のかたちとなり、不規則な心音を刻む。
埋み火となった熱は焔に変わり、攻性植物に寄り添うように纏わりついた。敵も苺果の力で己を癒そうとしたが、既に癒せる体力は残っていない。
メイアは次が最後になると察し、ネロも仲間に視線を送った。その眼差しを受けた蓮華は翼猫を伴い、敵との距離を詰める。
「ぽかちゃん先生、行くよ。これで終わりにしよう!」
呼び掛けた蓮華はポーズを決め、きらきらとした衣装を纏った。
可憐に装飾された金色の髪に妖艶な赤い瞳。魅了の魔眼で敵を見つめれば、なんやかんやでその動きが止まる。
そして、次の瞬間。
鋭い猫の爪が少女に纏わりついた攻性植物を斬り裂き、引き千切った。
●苺狩りのひととき
力を失った攻性植物は瞬く間に枯れ、崩れるようにして地面に落ちた。
倒れ込みそうになる少女の元へ駆けた蓮華がその身体を支え、覗き込んだ郁がそっと様子を窺う。すると、少女は薄らと目を開けた。
「あれ、私……あっ、もしかしていちご狩りのお客さん?」
意識を取り戻した彼女はすぐにはっとして、ダイチの白衣のポケットから出ていたパンフレットを指さす。
「ああ、そうだ。良ければ此処で、」
頷いたダイチが最後まで言い終わる前に少女は立ち上がった。
「いらっしゃいませ! お父さーん、お客さんだよーっ!」
少女が元気よく駆け出していく。あの様子なら怪我はなかったようだと判断し、郁とメイアは安堵を抱いた。
そうして、いよいよ春の苺狩りの時間。
まずは案内されたハウスで瑞々しい苺達とご対面。アイヴォリーは小さな赤い果実を見つめ、全身全霊で取り組もうとひっそり誓う。
「とびきり美味しいのを選びましょう」
「れっつ! いちご! わたくし、苺大好き」
コハブも一緒に、とメイアは煌めく瞳を苺に向けた。するとイチカがいの一番に苺を摘んでぱくりと頬張る。
「さっきの子に教えてもらったんだけども、おいしいのはヘタが元気で真っ赤でふっくらつやつやしたのなんだって」
「いいことを聞いたっす。小麦粉、すごくおいしいものを探すでありますよ!」
ポイントを告げたイチカの言葉を聞いたライカが意気揚々と駆けて行く。走ると危ないよ、と紡が言い掛けたそのとき、予想通りにライカが転んだ。
「ぴー! ライカちゃんだいじょうぶ? そうだ、ネロちゃんもけがしてないカナー」
そのことに気が付いたシアはライカに手を差し伸べた後、ネロにも戦いの怪我がないかを確認した。周りをくるくるぴっぴと回る少女。
「それじゃあ行こうか、お嬢さん」
微笑ましさを感じたネロは指先でサインを作り、小さな彼女の手を引いてゆく。
そんな中、一行とは別に苺狩りに訪れたのはベラドンナと討真、アリッサムの三人。
「誰が一番大きくてヘンテコな形の苺を見つけるか競争!」
「受けて立ちましょう」
ベラドンナが提案すれば、アリッサムが表情を引き締める。討真はというと苺を狩り尽すぞ、と意気込んでいた。
「いやーはっはっは。控えめに言って天国っすかな。あれ、これって……」
ふと討真が手を伸ばしたのは十字手裏剣のように見える苺。アリッサムもハート形の大きな苺を見つけ、ベラドンナも桃めいた色の苺を手に取る。
どれも甘くて結局は競争も引き分け。
三人は大いに楽しみ、次はお土産も見ていこうと歩き出す。今日の日の思い出になるものが見つかると良い。微笑む仲間達の笑顔は明るかった。
春の香りを胸いっぱいに吸い込み、苺を一口頬張れば甘い幸せの味が広がる。
郁は傍らの累音に見せるようにして苺を手に取り、とっておきの一粒を彼の口へ入れながら問いかけた。
「どうぞ、累音さん。甘いですか?」
そして、その返答も聞かぬまま次々と苺を累音の口に放り込む。待てと告げたかった累音だが、郁の苺口撃に声すら出せない。そんな様子を郁は楽しげに眺めていた。
だが、累音もやられてばかりではない。
「ほら、礼と仕返しだ」
隙を見つけ出した彼は郁の頬を引っ張り、飛び切り大きな苺をその口に押し込む。
仕返しに目を白黒させた郁だったがすぐに苺を食べ始めた。こんなにたくさん食べられるなんて、と贅沢気分に浸る彼女が嬉しそうに苺を頬張る姿は小動物のよう。
そうして、ひとまず苺を食べ終えた郁は彼の手を取る。
「次は外でゆっくり食べましょう」
引かれるまま後に続いた累音は慌ただしさを感じながらも、こうして振り回されるのも悪くはないと考えていた。
次はゆるりと、心ゆくまで楽しもう。
やがて、籠いっぱいに苺を摘んだ仲間達も其々に緑の草原へと向かった。
●いちごぱーてぃ
木陰のベンチに腰を下ろし、ネロは傍らの少女の口許に苺を運ぶ。
「ほらシア、摘みたての苺だ」
「きらきらいちごだ! いただきまーすっ」
おひとつどうぞ、とネロが笑えばシアは瞳を輝かせて口をあける。シアは頬をいっぱいに膨らませて苺を味わう。シアがもぐもぐする度にその表情が笑顔に綻んでいく。
するとシアもお返しにと、とっておきの苺を手に取った。
「シアもあまあまのいちご選んだよ。ネロちゃん、あーんってしてっ!」
「――美味しい!」
真っ赤に熟れた苺は甘酸っぱくて、とびきりの味がする。
二人の仲睦まじさを眺めた蓮華とダイチは和やかさを覚えた。アイヴォリーもくすりと笑み、摘んだ苺にクリームを添える。おいしそう、と蓮華が期待を寄せるとアイヴォリーはどうぞ、と苺を差し出した。
「ありがとう、ごちそうになるね~」
蓮華は笑顔で受け取り、苺の味を楽しむ。そして、そういえば向こうの皆から貰ったと告げ、チョコレートやクリームチーズのトッピングを広げていく。
「まあ、そんなに……どれを食べればいいのかしら」
アイヴォリーは御裾分けに嬉しくなりながらも神妙な表情で悩む。するとダイチがおかしそうに笑った。
「そういうときは遠慮なく全部食べれば良いぜ」
「……全部? ダイチ、天才ですか?」
「あはは! そう思って貰えるなら光栄だ」
瞳を瞬くアイヴォリーに愛らしさを感じ、ダイチは更に笑い声をあげた。
その髪に咲く花もまた苺。自分で選んだわけではないけれど気に入っていると話した彼女はふわりと笑む。
蓮華もぽかちゃん先生が採れたてのイチゴを美味しそうに食べている姿をみて、ほっこりとした気持ちを覚えていた。
すると木陰でネロがピクニックのお供にと持ってきたバスケットを開く。
「一口サイズのカラフルなフルーツサンドは如何?」
「ぴー。ネロちゃん作ったの!? すごいねーっ」
はしゃぐシアの声が草原に明るく響いた。
蓮華も楽しげな少女達の姿を見つめ、小さく微笑んだ。
「ああいうのいいかも。今度やってみよっと!」
皆が楽しいひとときを過ごせると良いと願い、蓮華は翼猫と一緒に苺を摘まむ。
サンドイッチは少し形が歪だったが、シアは可愛いくてあまあまだと喜んだ。安堵したネロを見上げ、少女は笑顔の花を咲かせる。
「らぶ入りだから、おいしいのカナー。今度、シアにも作り方おしえて欲しいカナー」
「じゃあ次のお出掛けの時にはふたりで作って持っていこうか」
今日よりもっと、らぶをいっぱい込めて。
あたたかな春の日の思い出は、甘い味と二人の笑顔で彩られた。
●Strawberry's Nest
ひだまりの緑の中、摘みたての苺と仲間が集まりパーティーがはじまる。
「レッツ苺パーティーっす!」
「れっついちご!」
「べりーべりー、おー」
「おーっ!」
ライカとサヤが明るく元気よく宣言するとジゼルとアラタが続いて腕を振りあげた。リィはじっとイチカを見つめ、口元を緩める。
「イチカ、とっても綺麗でおいしそう。こんなに赤くなって、よっぽど食べて欲しいのね」
「リィちゃん?」
甘い囁きに首を傾げるイチカ。するとリィは更に続ける。
「ふふ、焦らなくても時間はたっぷりあるのよ。みんなでイチカのこと、たくさん可愛がってあげるわね」
「ああっイチカのイチカをそんな風に……リィ大胆……!」
「つむぐちゃん?」
紡が掌で顔を覆う様にイチカは少し慌てる。
もちろん紡は指の隙間から全てを見ているし、イチカとは壱花のことなので全然危ないことはない。残念ながら健全そのものだ。
「まずはありのままの壱花、もといいちごをいただくわけじゃな」
これは美味なのじゃ、と笑顔を浮かべる梅子に続きメイもドキドキしながら苺を口に運ぶ。おいしい、と頬を綻ばせたメイは皆に飲み物を勧めていく。
「お茶とジュースに、ミルクも持って来たよ。皆さんどうぞです」
「サヤは冷たい牛乳に苺を入れてギュッとつぶして食べるのもすきなのです」
「いちごみるく! 牛乳は鉄板だよねえ」
色んな食べ方をしたいとイチカが口にすると、仲間達がそれぞれに持ち寄ったトッピングや食材を取り出す。
ライカはクラッカー、メイアはチョコレート、紡はクリームチーズ。
勿論それらはメイアの手によって他の皆にも御裾分け済み。更にアラタはパンと調味料、そして梅子は――。
「じゃじゃーん、わしは大福を持ってきたのじゃ!」
「苺大福にするのは良いな。アラタはこうして、こうだ」
感心したアラタはパンにクリームチーズを重ね、仕上げに少しの蜂蜜と隠し味にピンクペッパーを散らした苺サンドを拵えた。
「チョコも入れたらどう? ほら。食べていい、いいー?」
ジゼルも皆を見習ってアレンジを加え、苺のチョコサンドに噛りつく。
おいしい。とてもおいしい。
美味しいもの×美味しいもの、イコールおいしい!
サヤが導き出した公式にメイアも頷き、蜂蜜入りサンドイッチを頬張る。どれが一番かと考えてみても、全部おいしくて一番なんて決められない。
「苺ひとつで食べるのも最高だけど、色んな食べ方をするのも贅沢で楽しいね」
真っ白な生クリームでおめかしした苺に、とろーりチョコを絡めた苺。食べる手が止まらないと目を細め乍、紡もひとときを楽しむ。
そんな中で小麦粉はせっせと皆のクラッカーサンドを作っていた。
苺に生クリームに小麦粉。それらを眺めたリィは苺を頬張りながらふと零す。
「……これだけ揃えばイチゴのケーキも作れそうね」
「そうかもしれないっすね。小麦粉、ライカにもご褒美に食べてさせてくださいっす!」
リィの冗談めいた言葉に笑ったライカは相棒に甘えるように手を伸ばした。仲間達の和気藹々とした様子を見つめ、メイとジゼルは和やかな気持ちを覚える。
そうして暫く、メイ達は今日の記念の写真を撮ろうと決めた。
メイアはコハブと一緒に大きな苺を手に持って準備をはじめ、紡と綿花は他の仲間達を呼び記念撮影に誘う。
そして、カメラの前に集った皆は思い思いのポーズを決めた。
「いちたすいちはーっ!」
「にー!」
ライカが呼びかけ、サヤやメイア達が笑う。皆違っていても表情は同じ笑顔。
ひとつずつ笑みが咲く様はまさに壱つの花。
郁がそう感じている傍で蓮華が頷き、ネロとシアも微笑みあった。
気温も丁度良く、ぽかぽかのお昼寝日和。ころりと陽だまりに寝転んだらまるで楽園みたいで、アイヴォリーはふと思う。
この日はきっと忘れられない春の一日になる、と。
「お腹いっぱいであたたかくて、なんだか眠くなってきたのじゃ……」
「このまま一緒に寝ちゃおうか」
やがて穏やかな陽射しの中で梅子も目を擦り、紡が皆を午睡に誘った。春の幸せをいっぱい詰め込んだから良い夢が見られるはず。
皆が草原に寝転ぶ最中、吹き抜けた春風がイチカの頬を撫でてゆく。
(「――わたしはイチカ、野々宮イチカ」)
大切な人から少しずつ貰った名前と同じ響きを持つ苺の花を手にしたまま、イチカはそっと瞳を閉じた。きっと今日は機械のなかで眠るよりずっといい夢が見られる。
目を瞑っても感じられるのは、みんなのぬくもり。
だから多分、おそらく――この感情を、『しあわせ』と呼ぶのだろう。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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