背水之訶梨帝母

作者:あき缶

●女龍、母故に気が触れて
 茨城県東茨城郡大洗町の港、大洗港。そこに白真珠のような美しいドラゴンが猛然とした勢いで飛び込んでくる。
 白く絹糸のような長い鬣を垂らし、羊を思わせる白角を振り立てて、アメジスト色の高貴な翼をボロボロにしながらドラゴンは港へとまっしぐらに突進してきた。
 本来は理知的であろう菫色の麗しい瞳は血走り、狂気に浮かされている。
「ああ、私には、私には時間がない! 護るべき子がいるというのに! 私には!」
 彼女の名前は、ヴァルベレム。かつて彼女は愛する夫との間に設けた児を愛する物静かで高潔なドラゴンであった。弱肉強食の世界で生き抜いて尚汚れぬ美しさと力――それこそがヴァルベレムであり、彼女の矜持であったのに、今や彼女はただひたすらに暴虐の限りを尽くさんとする狂龍だ。
 ヴァルベレムは、地球上のドラゴンに蔓延する死に至る病『重グラビティ起因型神性不全症』に冒され、もう間もなく息絶えようという運命にある。
 死を眼前に突きつけられた母龍は、末永く見守って行きたかった我が子と共にいられぬ恐怖に気が触れた。
 ヴァルベレムは、我が子の生命を少しでも永らえさせるために、地球上の人間どもに出来る限りの恐怖と憎悪を植え付けて死のうとしている。
「死ね、死ね、死ね! 私の可愛い子のために、恐れ慄け! 憎悪せよ! ああああ!」
 髪を振り乱した彼女は、絶叫とともに、白く長い優美なる尻尾を振り下ろす。
 大洗のランドマークタワーがへし折れ、観光に来ていた親子達の悲鳴とともに地に叩きつけられて砕け散った。

●竜十字島の悪あがき
 ドラゴンのゲートが存在する竜十字島から瀕死のドラゴンが飛来する、と香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)はヘリポートに集まったケルベロスに告げた。
「ドラゴンの定命化が進んでるんや。定命化して、死ぬ運命にあるドラゴンが死なば諸共とばかりに大洗港を襲う」
 いかるの顔は憂いに染まっている。
「それは無駄な抵抗というわけでもないんや。グラビティ・チェインを奪うだけでなく、破壊による恐怖と憎悪で、竜十字島でまだなんとか定命化せずに済んでるドラゴンの延命ができる」
 座して死を待つ位ならば、破壊の限りを尽くして同胞に奉仕して殉死しようというわけだ。
「大洗には、アウトレットモールに買い物に来てる人、フェリーの利用客、大洗に観光に来た人たち……結構人がいるんやけど、事前に隣県とかに避難させるわけにはいかんねん」
 いかるは眉をひそめる。もう時間がないのだ。避難途中をドラゴンに襲われると被害が拡大するリスクが高い。
「内陸にある高校に、大洗港にいる人ら全員を避難させておくと警察から連絡があったわ。君らは、なんとかして高校をドラゴンから守り抜くことが大事や。つまり、大洗港に釘付けにして、倒すんや」
 いかるは怖い顔で念を押す。
「ドラゴンの移動速度なら高校までなんて数分やからね。ドラゴンを進ませてしまったら……考えるのも恐ろしい被害になるから、十分注意してや」
 いかるは、続いて今回の討伐対象であるヴァルベレムという白竜について説明をする。
「ヴァルベレムは……なんというか、美しいドラゴンやね。本当ならもっと知的で優しいヤツやったんやろう。せやけど、もう彼女に理屈は通用せえへん。死への怒りと恐怖、愛する子供への愛に狂ってしまってる」
 ヴァルベレムは慈愛に満ちた母故に、子の定命化という危機を前にして、恐ろしい鬼子母神と化したのだ。
 人間にも子供が居るなどという理屈は通用しない。人間の母とて、母だからと仔牛や仔羊を食べないわけではないのだから。
「彼女の飛来地点は大洗港。初めは北東へと進もうとするやろう。護るべき高校は大洗港から西やから反対側やね」
 瀕死のヴァルベレムは、耐久力こそかなり落ちているが、その攻撃力は凄まじいものがある。狂気にうかされている上に、暴虐のみを目的としているから手加減など一切ない。
「ナメてたら、一瞬で総崩れや。頼むで」
 ヴァルベレムは、尻尾によるなぎ倒し、爪によるひっかき、そしてアメジストのような鱗を持つ翼から鱗を飛ばすことで攻撃してくる。
「彼女はここで死ぬ気や。逃げることはないけど、より多くの人間に向かって進軍する。……長引くとドラゴンは色濃いグラビティ・チェインの気配で、高校を目指しはじめるはずや。それを君らには食い止めて欲しい……命がけで」
 子を守るために死を覚悟した母親ほど恐ろしいものはない――。
 ケルベロス達の体は知らず震えていた。


参加者
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
ヒューリー・トリッパー(微笑の道化・e17972)
マッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)
アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)

■リプレイ

●飛来する白真珠
 ヘリオンから降り立ったケルベロスは、大洗港の東を見つめていた。ヘリオンからも見えていた、白い点のような飛行物体は、急速に近づいていて既に優美なる全容を詳らかにしている。
 もはや白龍の着陸まで数分もない。
 ケルベロスは急いで持ち場へと向かう。まずは、予測されていた北東方角を塞ぐように。
「難儀な戦いになりそうでござる」
 巨大なる狂龍は、殺気の塊と言えた。天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)は眉をひそめた。
 ず、ずぅん……。
 地響きをたて、ヴァルベレムは遂に大洗港に降り立つ。血走った目は、少しでも多く恐怖と憎悪、そしてグラビティ・チェインを求めている。
 ヴァルベレムは周囲を睥睨し、吠えた。びりびりと空気が震える。
「殺す! 愛しい子らのために殺す!!」
 発言内容は不穏そのものだが、彼女のこの意思は純粋過ぎる慈愛から生まれている。
 悪意ではなく、ひたすらに愛しい子を守らんとする狂乱の心。
(「……そうだね、気持ちはわかるよ」)
 スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)は目を伏せる。
 だが、同情はしない。
「地球に来なければよかったのにね……」
 しかし、ドラゴンは地球にグラビティ・チェインを求めなければ結局飢えてしまうのだ。ままならない。
「ふむ、子を守るために狂う母ですか……なんとも……言わない方がいいですかね」
 ハットを押さえ、ヒューリー・トリッパー(微笑の道化・e17972)は口を噤んだ。
 同情しないのは、ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)も同じだ。同情などすれば、たちまち屠られる相手であることはよく分かっている。
 海より深い愛よりも強くなくては、もっていかれてしまうだろう。
「全力で止めるだけだよ。私だって、私達を助けてくれた地球の人達を護りたいもん……!」
 ヴァルキュリアのアーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)は、ちらりと西を見やる。沢山の命がこの先にいる。守りきらなくては。
「一年と少し前までは地球の敵だったのに、すっかり地球の戦士だねぇ?」
 同じくヴァルキュリアのマッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)は、同胞の口ぶりにニヤと笑いながらも、
「荒ぶる女神を鎮めるとしよう。わからないでもないのだけど、いい迷惑だし」
 と構えた。
「あの無念が、怒りが、私をケルベロスにしたのだ」
 母龍に並々ならぬ因縁を持つベリザリオ・ヴァルターハイム(愛執の炎・e15705)は、白き麗龍を睨んだ。彼の呟く声が赤い炎となって散る。
 彼の胸に去来するのは虚しさだろうか。彼の愛するものを滅ぼし尽くした往時の彼女には、まだ理性があったのに――。
「来るぞ」
 鋭くキース・クレイノア(送り屋・e01393)が仲間に声をかける。
「退け! ケルベロス共! 私には時間がない!!!!!」
 絶叫とともにヴァルベレムが進軍せんと足を上げる。
 しかしキースは静かに返す。
「俺は退けない。……退かない」
 瞬間、アメジストの鋭い破片がケルベロス達を襲った。マッドがヒューリーをとっさにかばう。色黒のマッドの肌に、美しい紫が鱗のように無数に突き立ち、体液を垂れさせた。

●乱舞する紫刃
 白いドラゴンの肌を漆黒が覆う。日仙丸のブラックスライムが食らいついている。
 ヴァルベレムは定命化によって寿命を目前にしているとはいえ、この程度のダメージでは何の意味もない。
「ぞっとしないでござるな」
 日仙丸は背筋に冷や汗が落ちるのを覚えていた。
「……ひとつ、ふたつ」
 小さな小さな灯火がぽこぽこと、キースの左腕の地獄から生まれては、アーシィとウルトレスに当って弾けて増えていく。
 キースのサーヴァント、魚さんは細長い手を合わせ、マッドに祈りを捧げた。
 スノーエルは眩い銀の粒子を放って、前衛を包み込む。彼女の側にいる薄桃色のボクスドラゴンが、マッドにインストールしていくのは、痛みを包み込み緩和する『綿』のような癒やし。
 アーシィは様子のおかしいベリザリオを心配するように見つめていたが、気を取り直してキラキラと輝く星河を握った。
「たぁーっ!」
 気合とともにドラゴンの巨体に刀を突き立て、雷の霊力を注ぎ込む。
 ヒューリーの気がヴァルベレムの翼に咬み付いた。
 ベースの弦が激しく震え、ビートを刻む。ウルトレスの背にあるバスターライフルから中和光が放たれるも、ヴァルベレムはそれを避けた。
「必ず、貴様を討つ」
 ベリザリオの全身が地獄の炎で包まれる。愛しい者のためならば、どのような悪逆非道も厭わない。その点で、ヴァルベレムと自分は似ている――とベリザリオは思う。
 マッドは飛び上がり、ドラゴンに拳を叩き込もうとしたが……。
「蚊蜻蛉が! 死ね!!」
 マッドめがけ、ヴァルベレムの巨腕がうなり紫爪が振り下ろされる。
「あっ……ぐ」
 ぐさりと毒の爪がマッドの腹を貫いた。ぶんとヴァルベレムが腕を振って、爪からマッドを振り払う。光の翼がなんとか地面への激突をふせいだが、マッドがディフェンダーでなければ、今の一撃で倒れていただろう。
「追い打ちはさせんでござるよ」
 すぐには立ち上がれないマッドをかばうように前に飛び込んだ日仙丸は、港のコンクリートに激しくローラーをこすりつけると、摩擦の火を足に纏った。
 そのまま日仙丸が、勢い良くヴァルベレムの顎めがけて蹴りを放つと、おってキースが跳躍からヴァルベレムの脳天めがけて踵を振り落とす。二人の足に挟まれるような攻撃を受け、血走ったヴァルベレムの瞳に宿る怒りの火勢が増した。
「マッドちゃん! マシュ、お願いだよ!」
 スノーエルは、解毒の処置もしつつ、傷ついたヴァルキュリアの脳髄に強化を施した。ボクスドラゴンのマシュも、綿で包むようにマッドの傷を癒やす。
 魚さんの祈りはもちろん、腸を零しているマッドに。
 ヒューリーはおもむろに帽子を脱ぐと、さっと振った。
「何が出るかは、お楽しみぃ! サーん! にー、いち……二のドンッ!」
 飛び出してきたのは屠竜のための巨大な刃だ。ずばりとヴァルベレムの肌を傷つけた。
「ヒューリー、ナイス!」
 アーシィは笑顔で仲間にエールを贈ると、真剣な表情で刀を構えた。
「……いきます!」
 ちりりと周囲が冷えた……と思うなり、ヴァルベレムの体のそこかしこが凍りつく。
 ウルトレスのチェーンソーが唸りを上げ、ヴァルベレムの傷をザクザクと広げていく。
「んー、挑発してる場合じゃないかな?」
 マッドはよろりと立ち上がり、ベリザリオとほぼ同時の飛び蹴りを試みる。その両の足は痛烈に女龍の胴に叩き込まれた。
 しかし。
「死んでおけと言うたであろう、虫ケラめが!!」
 再びの爪。見切ったはずでも、避けきれない勢いでその巨大な龍の爪はマッドを裂いた。
 もはや動かすことも出来ない光の翼。重力に引かれるままに落ちたマッドは地に倒れ伏した。
「そんな……!」
 スノーエルが青ざめる。
 ヴァルベレムはぐいと首を巡らせ、目を細めると、うっとりと呟いた。
「……ヒトの匂いがする。豊富なグラビティ・チェインの気配……ふふふ」
「感づいたか」
 ウルトレスはごくりと喉を鳴らす。
 徐々に移動し、ヴァルベレムが進もうとする高校を阻むようにケルベロスは立っている。
 このまま全滅さえしなければ、誰か一人でも生き残って、この狂った女ドラゴンを殺せば、大洗は救われる。
 全滅さえ、しなければ。
(「命と引き換えてでも、倒す」)
 ウルトレスは暗い思考を押し込め、覚悟を決めた。

●狂乱する慈母
 ケルベロスの応戦で、ヴァルベレムはまだ一歩たりとも前進できていない。
「キィイイイ!! 時間がない、時間がない! 命が尽きてしまう! まだ何も何ひとつも出来ていない、この眼前のケルベロス共のせいで!!! あああああ、邪魔だてするなぁあああー!!」
 一刻も早く、一刻も早く、ヒトを殺さねば。愛児のために恐怖と憎悪を掻き立てねば――。
 ヒステリックな焦燥の咆哮をあげ、ヴァルベレムは思い切り真っ白な尾を振る。
 痛烈に前衛を襲う尻尾が、キースを庇った魚さんを消し飛ばした。
「ぐ、う……こ、れはキツイでござる、な……」
 日仙丸はヒューリーを守りきった。が、力尽きて崩れ落ちる。
 キースが返すように地獄をまとわせたグレイブでヴァルベレムを突くも、肩で息をする彼は追い詰められている。盾役はもうキースしかいない。火力のヒューリーを守りきれるだろうか。
 ――何度もヴァルベレムの攻撃を受けて、前衛は今にも崩壊しそうなのに。
「追いつかない……っ」
 スノーエルも別の意味で焦燥していた。マシュと共にヒールに専念しているが、ダメージにヒール量が追いつかないのだ。ヒール補助していた魚さんはもういない。もう一人くらい、メディックがいても、良かったかもしれない。
 ヴァルベレムは狂乱するが故か、前衛ばかり攻撃しているので、スノーエルら後衛や中衛は未だ損害がないことは僥倖だった。しかし、前衛が崩壊すれば、庇い手のないままドラゴンの凄まじい破壊力が、ウルトレスやアーシィを襲うのだ。
「今回出るのは! あのドラゴン殺し! さぁ、叩きこみますよっ!」
 ヒューリーの帽子から大剣が飛び出してきて、ヴァルベレムを串刺しにした。
 重ねに重ねたグラビティが、ヴァルベレムの回避行動を阻害して、どの攻撃も十分当たっている。
「あとは、我慢比べって感じかな……。ヴァルベレムが倒れるか、私達が倒れるか、どっちが早いかって話だよね」
 アーシィは少しでも被害を抑えるべく、ケルベロスチェインで守護魔法陣を描き、前衛を囲った。
 畳み掛けるならば、とウルトレスはベースを掻き毟る。
「サイレンナイッ フィーバァァァァッ――!!!」
 疾走するサウンドが、攻撃的な衝動を前衛に付与していく。
 ベリザリオは光る剣を指輪から作り出し、母龍に閃かせた。何度も地獄を纏って、研ぎに研いだ刃だ。さくりとまるでケーキを切るが如く、刃が通る。
 ベリザリオの瞳が歓喜と愉悦を宿す。その色は狂気のソレに似ている。
 愛する者の仇を取れる喜び、愛執さながらの相手を苦しめる悦び。
 悲しみと怨嗟の声は地獄の炎となり果て、行き場のない愛情と憎悪に心を病んで……ケルベロスとなった切っ掛けを想起しながら、ベリザリオは突き立った剣を力任せに押し込んでいく。彼の口元は笑みの形に歪んでいた。
 とうとう、ヴァルベレムの片翼がぼとりと嫌な音をたてて落ちる。
 優美なる白真珠と謳われたドラゴンとは到底思えぬ醜悪な悲鳴をあげ、ヴァルベレムは激痛に身を揉む。
「……狂ったか」
 それを見上げ、ベリザリオはただ笑んだ。もはや彼が知る優美で冷徹な悪龍は何処にもいない。ただ狂い果てた女が一頭、いるのみ。
 ぞくりとアーシィは怖気を振るう。今日のベリザリオはやはり怖い。
「あああ、私の翼、翼……夫にも褒められた私の紫水晶の翼がああああ! ひぃいいいい! きぃえええええ!」
 狂女としか思えぬ怪鳥のような絶叫。ヴァルベレムは狂乱しながら、やたらめったらに尻尾を振り回す。
 中衛を襲った尻尾が、ウルトレスとアーシィをなぎ倒す。
「大丈夫っ?!」
 予想外の攻撃先にスノーエルが急ぎ、オウガ粒子を飛ばす。体勢を整えてアーシィはあえて笑って首を振った。
「大丈夫! このくらいなら、まだまだいけるよっ」
「問題ない」
 マシュの属性をインストールされつつ、ウルトレスも端的にメディックに状況を回答した。
 キースが放つ炎弾を、ヴァルベレムはヒステリックにわめきたてながら弾き返す。
「っふ、首級を挙げさせてもらいます」
 ヒューリーの二刀が振るわれ、衝撃波がドラゴンめがけ駆けていく。
「斬り捨て御免ですっ!」
 ドラゴンは致命傷を逃れようと身を捩るが、勢い良くもう片方の翼が吹き飛んだ。
 龍は既に血に塗れ、白真珠とは呼べぬ有様になっている。それでも彼女が動く限り、ケルベロスは攻めをやめる訳にはいかない。なぜなら、こんなにも狂乱しているのに、ヴァルベレムはなおも高校を目指しているのだから。
 アーシィの絶空の一撃、ウルトレスのチェーンソー、血肉撒き散らし、ヴァルベレムは断末魔を上げる。地に転がる彼女の口からごぼごぼと体液が溢れて泡になる。
 目を眇め、見苦しいヴァルベレムをベリザリオは見下ろすと、
「繰り返し見たあの日の悪夢。叩き返してやる」
 地獄をまとわせた『悪夢の痛み』で、ドラゴンの生命の灯火を叩き潰した。

●鬼子母神
 ちりんと鈴がなる。キースの右腕についた鈴だ。激戦の剣戟の中では掻き消えていた音も今はよく聞こえる。
「……どうして母は自らの命を捨ててまで子を守りたいと思うのだろう。残った子には母がいなければ、どうして良いか分からない」
 ぽつりとキースが零すが誰も答えるものはない。ヴァルベレムの心は最後までわからぬままだった。
 スノーエルはマシュを伴い、埠頭から海の向こうを見やる。遠く遠くにある竜十字島、そこにいるヴァルベレムが命賭して守らんとした『家族』を想う。
 目を閉じ、スノーエルは悼んだ。
「事態収束の報告をしに行こう。戦場のヒールも必要だ」
 ウルトレスが言うと、アーシィが頷きを返す。倒れたマッドや日仙丸の救護も必要だ。
「じゃあ、自分も」
 ヒューリーも彼について、ふらりふらりとその場から離れる。
 ベリザリオを一人にしてやろうという気遣いである。
 残されたベリザリオは、ヴァルベレムだったものに近づくと、その肉片を拾いあげた。
 栄養にはならない肉を、しかし躊躇なく彼は飲み下す。
「私の復讐はこの程度では終らんぞ」
 地獄の炎がベリザリオの口から噴き出した。

作者:あき缶 重傷:マッド・バベッジ(神の弩・e24750) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月1日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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