花散らしの風雅

作者:七凪臣

●龍舞て
「さぁ、お前達の美しさを見せるがいい」
 夕焼けに燃える空よりなお赫赫とした炎を帯びたドラゴンは、逃げ惑う人らを眼下に、地鳴りのような声で低く言った。
「愛しき者を庇ってみせよ、守ってみせよ。我に抗う勇ましさをみせよ」
 叶わぬ願いがあるのを知らぬような高圧的な口ぶりは、いっそ厳かな静謐さと、光り輝く期待に満ち満ちて。内は白く、けれど外は漆黒の鱗に覆われた翼の一薙ぎで飛ばした炎弾が作り上げた風景に、ドラゴンはニィと口角を吊り上げる。
 何故なら、母と思しき女が、幼い子を守ろうと炎の前に我が身を盾と投げだしたから!
「良いぞ、良いぞ。もっと、もっとだ。もっと、魅せよ」
 轟く言霊で雷を迸らせてドラゴンは人々に命ずる。
 愛を、勇気を、見せろと。
 その覚悟を以て、絶対強者の我に抗ってみせよと。
「力及ばぬ者は恐れて死ね。憎め。そして我が同胞の明日の糧となれ」
 傲慢な言い様に、人々は絶望する。いったいどうやってこの圧倒的な存在に打ち勝てと言うのだ。結局、蹂躙されるしかないではないか。
「我が名は風雅龍オーディール。お前達の高潔さに魅せられた者だ」
 斯くてドラゴンは、四肢で抱いていた巨大で優美な剣を構える。
 折しも海沿いの街は、桜の盛り。
 その一閃に花弁は渦を巻いて空へ昇り、数多の命が儚く散り消えた。

●花の散る
 桜が盛りを迎えた地で、全てを燃やし尽くす炎の竜が現れるかもしれない。
 そう案じていたのは野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)だった。
 果たして彼女の懸念は的中する。
 定命化が始まってから時が過ぎ、いよいよ死期を迎えたドラゴン――風雅龍オーディールが茨城県の沿岸部の街に飛来するのだ。
 放置すれば、人々のグラビティ・チェインが奪われるだけでなく、その恐怖と憎悪によって竜十字島のドラゴン勢力の延命にまで繋がってしまう。
「街の皆さんを他所へ避難させるのは、道中を襲われる方がリスキーなので出来ませんが。護り易くする為に、近くの中学校に集まって貰っています」
 こうすれば間違っても戦いに巻き込まれる事はありませんからと、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)はケルベロス達に全幅の信頼を預ける。もしも彼ら彼女らがドラゴンに敗れてしまえば、中学校に身を寄せた人々の命など木っ端みじんにされるだろう事も知りながら。けれど少年ヘリオライダーはそんな不安など一切おくびにも出さず、戦う為に必要な情報を落ち着いて詳らかにしてゆく。
「戦場は海に臨む丘陵地です。ちょうど桜が見頃を迎えていますが……流石に、のんびり楽しむ事は出来ませんね」
 現れるのは、長大な剣を抱いた黒きドラゴン。全身に炎を纏い、その熱から雷まで迸らせている。
 堂々たる風貌に相応しく、戦いようは雄々しく猛々しい。逆を言えば、あまり小細工は好まぬようだ。
「街に至るのは夕刻。夜も更ける時分には力尽きるような状態です」
 つまり、彼のドラゴンの命は風前の灯火。体力面では全盛期より著しく低下しているだろう。されど、その攻撃力は未だ健在。しかも終わりの瞬間までより多くの恐怖と憎悪を齎そうとする。
「死ぬまで戦い続ける相手です、油断は出来ません。ですが皆さんなら必ず討ち取って下さると、僕は信じています」
 武運と人々の命の無事を祈り、リザベッタはケルベロス達をヘリオライダーへと誘う。


参加者
藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245)
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)
深山・遼(宵闇の疾風・e05007)
グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)

■リプレイ

「夜影、見えるか? 燃え盛るようなあの竜の姿が」
 艶やかなライドキャリバーのボディを深山・遼(宵闇の疾風・e05007)はするりと撫でる。揺れる桜の花房より遥か高み、そして遠くに、夜影よりなお黒い肢体が灼熱の赤を耀かせていた。
 その嵐の如き猛々しさを、鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245)は懐かしむ。
「三年ぶり……いや、じきに四年か……」
 邂逅した宿敵――風雅龍オーディールを前に、猛の心は凪ぐ。
「あの日の事が無ければ今この場にはいないんだろうな~」
 呟きは、微か。高まりゆく緊張感をものともせずに、猛は笑った。
「なんて諸々のセンチメンタルとかは隅に追いやって。焦らず気負わず。今日も元気に、お仕事お仕事」
「でも、忘れちゃダメ。必ず皆で帰りましょ?」
 猛の溌剌ぶりに感化されたように遼も目を細め、「約束よ?」と海に臨む公園に集った一同を見遣る。
 一つの羽ばたきで、見る間に距離を詰める敵の気配はもうすぐそこ。
(「命の炎を燃やすお前様、命のやりとりを始めよう」)
 手招くように伸ばした指先に感じた熱に、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)は静かに戦意を募らせた。
(「あたし達のうしろには、お前様の炎よりももっと美しい物がある」)
 ――それを消させやしない。
 白壁を夕焼け色に染めた建物を背に、ジゼルは背筋を正す。
「さて、落とし前をつけさせてもらおうか!」
 駆け出した猛に闇色の影が落ちた時、運命の歯車は回り始める。

●花嵐
 鋏のように割れた長い尾の先が、地上へ届くか否か。傲慢に、そして泰然と舞い降りる龍へ、藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)は凛然と縛霊手を構える。
「お先に失礼するわね?」
 窓向こうの太陽を焦がれるだけだった幼子は、長じて真の強さを身に着けた少女へ変貌し。揺るがぬ視線で宣戦布告すると眩い光弾を放つ。
 黒に赤、そして雷の白味に、新たな輝きがぶつかり衝撃を生み。ぶわり膨れ上がった大気に、無数の淡紅の花弁が宙へ舞い上がる。
「――ふむ」
 花嵐に巻かれた龍が、一つ頷いた。途端、黒の巨体から幾筋もの雷が迸る。
「させないわ」
 自陣後方を狙った一撃に、真白に塗られた視界をものともせずにリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)と夜影、そしてジゼルの半歩分の傍らから翼猫のミルタが駆け出す。
 防げた射線は計三つ。残り一つはルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)を痛めつけるが、それ以上に盾を担う者らの速い動きに龍は歓喜を吼えた。
「良い、実に良い! 我が身を犠牲にしても他者を護ろうとする献身さ! 美しい!」
 低い哄笑に地が震える。だがジゼルは僅かも臆さず、素早くリィらの前方へヒールドローンを展開し。毛皮を焦がされたミルタはルイらへ清き翼を震わせた。
 だが守るに長けた龍でも、流石のドラゴン。振るう力は、一人と一匹の力だけでは癒し切るには到底足らず。
 連れる赤い瞳の匣竜、イドにルイのヒールを任せ、リィは自身を含めた最前線を請け負う者らへ盾の守護を与える序に満ちぬ癒しを補い。ふと、思い出したように強大な敵を底知れぬ眼差しで見上げた。
「人が高潔かどうかは知らないけれど、あなたみたいなタイプの方がシンプルでリィは好きよ。だから思い切り、その剣が飾りじゃないところ、見せてくれる?」
「……」
 己が背にあるものと似た竜翼の少女の言い様に、龍の目端が僅かに光る。その隙に、遼は帯びた武装生命体から光の粒子を解き放つ。
 チラチラと棚引き流れたそれは、リィらを癒しながら猛やミルタ、イチカの意識を研ぎ澄ます。遼は成した結果に、夜空を思わせるペンダントトップを握り締めた。
(「多くの命を愛する人の元へ帰せます様、見守っていて?」)
 遼の祈りは、贈り主であり縁結んだ男へと。戦場には、其々の心が犇めく。
「ひとの心を好きになって、それで――」
 龍とケルベロス、そしてその心の顕れともいえる存在たちが交錯する戦場を、野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)は疾駆する。
「だけど心は試すようなものじゃあない」
 誰に聞かせるでなく、焦がれる心を風に零し、機械人形の少女は石畳を蹴った。
「それがわからないなら、ここでさよならだ」
 一条の流星と化したイチカが龍の背を打つ。その光に刹那、目を細めたグラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)は黒鎖を撓らせる。
(「圧倒的な力で略奪する側が、高潔さを見せろと口にするか――結局は己の欲望の為に殺戮を正当化しているに過ぎんな」)
 対デウスエクス専門の傭兵として時を過ごした赤き竜の男は、開いた金の眼で龍を一瞥し、意思の力で繰る鎖で高慢な翼を縛めた。
 痛みより、根付かされた阻害因子に、オーディールの身が僅かに沈む。そこへ、猛は一心不乱に走った。
「復活ついでにアンタらに吹き飛ばされた町や実家や思い出の数々」
 一歩近づく毎に、猛の闘志が燃える。
「一族の使命と輝煌醒龍との約束――全部ひっくるめたこの拳! 砕け散るまで撃ちこんでやる!」
 結い上げた炎色の髪を靡かせ、少女は敵へ肉薄し、迫る焔に煌くガントレットで覆う拳を固めた。
「鳴神不動流、鳴神猛! 推して……参る!!!」
 黒き腹を捉えた一撃に、紅蓮の炎が吹き上がる。自然に消えぬそれは、心騒がせるに十分な輝きで。けれど冷静さを欠かず、既に傷の癒えたルイは龍の動きを更に縛めるべく鷹を彷彿させる翼で空へ舞い、重力に引かれる蹴りで敵の背を強かに打ち据え。ルイを追った夜影の突撃は、常以上の威力で龍を襲う。
 されどまだ、それは奇跡の幸運に過ぎない。故にうるるは、奇跡を現実に近付ける為に桜の夕焼け空へ飛翔した。
「……」
 続く足の自由を奪う蹴撃――しかも、うるるの一蹴は他者の三手分に相当する――に、龍の口角がピクリと上がる。
(「これで、どう出るかしら?」)
 再び地面に舞い戻ったうるるは、炎と雷を纏うデウスエクスを見上げた。
 直後。
「実に好い! 存分に、魅せよ!」
 風雅龍は四肢に握った巨剣を、遼を的の中心に定め閃かせた。

●花炎
 龍は執拗に遼とイドを狙った。戦略的に癒しの要を敵陣から排除しようと目論んだ部分もあるだろうが。おそらくそれより、懸命に庇おうとする様を堪能したいせい。
「きみの鼓動と熔けるまで、そばに」
 弾む心音に形を成す温かな炎で、イチカは守り切れなかった遼の傷を癒す。
「あなたの手まで煩わせて、悪いわね」
 イチカの役割は、護りつつも敵の力を着実に削る事。そんな彼女にまで助力を請う現状を遼が詫びるとば、イチカは「その為の力だよ」と人懐っこく笑う。
 癒しの主軸は遼とイド。それを盾役のミルタとリィ、仲間の力の底上げを計るジゼルが補う戦略は、盾役達の足が存分に動くときは十分に機能した。だが、意の侭にならぬのも戦場の理。二本以上の斜線を塞ぎそびれると、立て直しには手数と時間を要してしまう。
「貴様のような輩が高潔さを語るか――」
 長期戦は互いに覚悟している。その上で、種の優位を示すようなやりように、グラムの心は怒りに滾り。呼応した右手を補う地獄の炎が、鮮やかさと猛々しさを増す。
「私達の誇りを嘗めるな」
 そのまま叩きつける鉄塊剣は、龍の後右脚へ。その重い手応えにグラムの意識が寄せられる頃、うるるは既に攻めの基盤は整ったと氷河期の精霊を喚び込む。
 荒ぶ凍てた嵐に、氷膜がきぃんと高い音を立てて龍尾の一部を覆う。
(「もう少し、一度に癒せたら……いいえ」)
 願っても叶わぬなら。ジゼルは護りを厚くすることで仲間を支え、ミルタは自浄作用の強化に羽ばたき続けた。
 その時。
「夜影、走れ!」
 龍の顎が大きく開かれたのを見止めた遼は、ライドキャリバーに短く命じ。意を汲んだ夜影は、しなやかに疾駆した。
「見事也!」
 放った渾身の炎弾に黒き車体をひしゃげさせながらも、まだ倒れない姿に龍が歓喜する。蓄積した疲労もあって、夜影は伏す間際。盾の守護が十分でなければ、今の一撃で戦線離脱を余儀なくされた筈だ。しかし累が及んだのは夜影だけ。それならと、イチカは巡る攻防の末に、龍に付与した縛めの倍化に挑み。結果、敵の動きは鈍り、帯びた清浄な炎と静謐な氷は威力を増す。
 それでも、龍はドラゴンの尊厳を失わない。往時を思えば、冷える肝。だが敵は瀕死。その事を念頭に据えたルイは、討ち果たし得る敵へ時空さえ凍らせる弾を打ち。茜の空間に描かれた蒼い軌跡を追って、猛は苛烈に拳を振るう。
「――」
 かつては及ばなかった一撃は、龍の尾の付け根を確りと捉え。己が炎とは違う赤を灯す少女の気迫に、オーディールが苦痛に眉間を寄せた。
「嗚呼、好い。良いぞ!」
 されど苦痛さえ、龍は悦に浸る。何故なら、人が呉れるものだから。
「そぉら、また征くぞ」
 また少しの時を重ねた先、龍は敢えて謳って口を開く。込められる熱に陽炎が揺れ、放たれる圧に桜が爆ぜ散る。そして迫り来る灼熱の前へ、リィは遼を庇って身を投げ出した。
「……ッ」
 痛みを超えた衝撃に刹那、意識が白む。だが、限界ギリギリまで追い詰められて尚、リィの瞳は爛々と輝く。
「ようやく身体が温まってきたところよ?」
 元より、命がけの舞台。倒されても、倒れてなどやるものか、と少女は口の端を吊り上げる。
「美しいな、美しい!」
 龍は、今にも舌なめずりしそうだった。デウスエクスは、自らがケルベロス達に終わらされると思っていないのだ。しかし――。
「オーディールは破壊の力に弱い!」
 先ほど感じた手応えを確かめるべく、武骨な大剣を振るったグラムが吠えた。それは敵の力を十分に削いだからこそ知り得た、勝利への光。
「今さら知った処で何とする! さぁ、存分に魅せてくれた礼を受け取れ!」
「リィちゃん!!」
 癒しても癒しきれない限界値を読み、ドラゴンはリィを見据えた。イチカが必死に走って手を伸ばす。夜影も、ミルタも全力だった。
 でも。
「リィは、途中退場なんてしないわ」
 猛火に炙られ、少女の膝は頽れる。

(「高潔さに魅せられた者ですか……」)
 盾が一枚失われた状態で、被るダメージも増えながら、心は静かに凪がせたままのルイは守護と幸運を司る勾玉に意識を注ぐ。
(「容赦をするつもりは毛頭ありませんが、せめてその思いは裏切る事のないよう」)
「蒼き祈りは蒼黒の意志。この身に宿す魔力を以って、その意志貫かせて頂きましょう」
 練り上げた魔力は、ルイの得物に宿り。全力で以て敵に対する男へ力を与え、美しくも鋭い一撃と成って龍の尾を断った。
 高潔であり、傲慢でもあったドラゴンは、気付けば無数の縛めに蝕まれ。今もまた、弾けた氷が鱗を深く穿つ。
 魅せられる余りに、龍は己の余力を測り間違った。
「絶対に諦めない、私たちが倒すわ!」
 緑の眼差しに決意と生命力を漲らせ、うるるは風雅龍をねめつける。
 勝ちは、譲らない。命も、一つたりとて奪わせない。リィの不屈の意思だって、イドという形で戦場に留まり続けているのだから。

●花散
 ――嗚呼、化身までも美しい。
 炎に夜影を沈めた龍は、うっそりと笑う。
「一先ず休め」
 献身を尽くしたライドキャリバーを労い、遼は月色の光でグラムを癒す。慣れぬ癒し役、幾度力を紡いだかもう分からない。守り切れなかった仲間もいる。だが、誰一人、何一つ無為になったものはないと信じられた。
(「……ありがとう」)
 首からかけたお守りへ、遼は心で呟く。そう言い切れる確信が、戦場にはあった。
 加護を重ねた盾は剛く、盾たり続け。稼ぎ出された時間で、龍を存分に縛めた。そうして着実に命を削った結果が、今だ。
「心に惹かれたなら。わたしとおなじ――だけどわたしは、地球もひとも、好きになった」
 絶命の淵まで追い込まれてなお人の耀きを欲する龍へ、イチカは人ならざる証明を腕に現わし肉薄する。
「だからここは通せない」
 高速回転する拳は敵の腹を貫き、黒鱗が花弁のように四散した。
「地球の民の底力、堪能したか?」
「貴様などに見せてやるには、勿体なさ過ぎたがな!」
 堅実に龍の余命を縮め、同時に阻害因子を埋め込み続けたルイとグラムが、阿吽の呼吸で敵へ得物を翳す。
 ルイは護りたいものを護る為の蒼き力を、グラムは焼き尽くす龍に劣らぬ煉獄の炎の力を。
「貴様が求めるものは『これ』か?」
 オーディールの頭上近く、象られたのは巨大な槍。グラムの気勢で射出されたそれは、中空で砕けて九本の槍と化し。デウスエクスを磔に処すよう貫き燃えた。
「おお、おお、おお!」
 歓喜か、苦痛か。短く切った咆哮をあげる龍へ、うるるは最後通牒を告げる。
「これで最後! 一気に畳み掛けるわよ!」
 傍らに駆け上がってきたイドを連れ、うるるは屈せぬ笑みを花咲かす。
「ちょっと熱いわよ、お気を付けて?」
 例えるなら、恋の病。食らい続けた病魔を、母が語った『熱』の力に換え、少女は解き放ち。盛る紅蓮の狭間に、匣竜は飛び込み龍へリィの分まで体当った。
 もし、狙われたのがうるるやジゼルだったら。展開はまた変わったかもしれない。だが、愉悦に浸った龍は最期まで人の高潔さを求め続け。
「素晴らしき有り様、もっとだ、もっとだ! 我が糧と――」
「黙れ!」
 酔い痴れ、しかし振るおうとした巨剣を地に落とした宿敵を、猛は一喝した。
 正直言えば、猛が気になるのはデウスエクス・ドラゴニアの封が解かれた原因。何れそれを突き詰める為にも、此処は譲れぬ一歩。
「今ここで、こいつだけは確実に仕留めておかにゃな!」
 自然死などさせぬと、猛は磨き上げた武術の一端をオーディールへ呉れてやろうと強く踏み込んだ。
「力を寄越せ、煌醒龍ソーラディウス!」
 呼び掛けるのは、己が魂に眠るデウスエクス。見ているだろう、あの日の誓いをお前も果たせと猛は叫び、力を放つ。
「立ち塞がる何もかも打ち砕く!」
「――!」
 繰り出された高熱、振動、電撃の三重殺に、龍の肢体が地上を転げた。首さえ擡げられず、饒舌ぶりもなりを潜めた風情は、死出の旅立ち間際なのが一目瞭然で。
 ジゼルは色のない緑瞳で、酷く呆気ない終焉を告げる。
「さよなら、お前様」
 時守の少女が謳う、別離の言葉は正確無比。長くともがらを支えたジゼルは、ようよう空へと舞って。地上へ流れる星となって風雅龍オーディールへ命の終を呉れた。

 灼熱の龍は、炎と雷の欠片となって空へ溶ける。
「いっとうきれいなものはみえた?」
『もっと見ていたかった』
 断末魔の呟きを耳に再生し、イチカは様々を浚う風に手を伸べた。
 オーディールは間違っていた。心は、炎で彩る必要も、試す必要もないもの。
 夕闇が迫る時分も、世界はやっぱり美しく。瞬き出した星の光は、人の心のようにまぶしくて。
「まだ、見える?」
 応えを求めず、イチカは問う。ひらり、その指先に焦げた花弁が一枚留まった。

作者:七凪臣 重傷:リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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