●行き過ぎた使命感
終わりの無いような寒さの中にも、ようやく春の陽気が混じり始めた頃。
とある公園の隅、誰も見向きしないジュースの自動販売機に、小さな蜘蛛がカサカサと入り込んでいく。
蜘蛛に見える多足の物体は、コギトエルゴスムを胴体に持つ小型ダモクレスだ。
「ギ……ギギ……」
ずっと打ち捨てられていたも同然だった自動販売機は、小型ダモクレスの侵入によって意志を持ち、新たなダモクレスとして変容、飲料缶を幾つも繋げた手足を生やして歩き始めた。
「ヒトガイッパイ……ノミモノヲハキダサナケレバ……!」
自動販売機ダモクレスは、同じ公園の中で桜の木々の下へ集いお花見を楽しむ人々の方にドスンドスンと突撃。
「ノミモノヲクラエ! イママデホウッてオイタブン、ハライッパイノマセテヤル!!」
「きゃぁぁぁ!」
取り出し口からグラビティで生成しただろう缶ジュースをドバドバ転がして、驚く一般市民へ缶を投げたり蹴りつけたり、暴行に及んだのだった。
●お花見に行こう
「桜の木が多く植わっていてお花見にうってつけの公園があるのですが、そこに長年設置されていた自動販売機が、ダモクレスになってしまうでありますよ」
小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)が、集まったケルベロス達を前に語り始める。
この自販機ダモクレスの凶行は、トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)の調査によって存在を察知する事ができた。
「お花見を楽しみにしている方々がダモクレスに苦しめられるなど、見過ごせませんね」
トリスタンもいつもながら落ち着いた様子で頷いた。
「ええ。幸いにもまだ被害は出ていませんが、自販機ダモクレスを放置すれば、多くの人々が撲殺されてグラビティ・チェインを奪われてしまうであります。皆さんには、そうなる前に急ぎ現場へ赴いて、ダモクレスの討伐をお願いしたいであります」
かけらがぺこりと頭を下げる。
「倒して頂きたいダモクレスは1体のみで、飲料缶の自動販売機にこれまた飲料缶の手足が生えた姿をしてるであります」
自販機ダモクレスは、飲料缶の取り出し口から大量の缶ジュースを吐き出して攻撃してくる。シュリケンスコールに性質の似た破壊攻撃だ。
また、1人を狙って集中的に釣り銭をぶつけてくる事もある。こちらはフォートレスキャノン並みの威力と衝撃がある。
「今回、避難誘導は公園内のお花見客だけにお願いすれば済むであります。人数はまだしも何分桜の下にひとかたまりになっていますから、皆さんで手分けなさればすぐ終わるでありましょう」
そう説明を締め括って、
「罪もない人々を殺しにかかる自販機ダモクレス……到底許せぬであります。どうか確実な撃破をお願い致します」
かけらは皆を激励してから、一言つけ加えた。
「……折角でありますから、皆さんもダモクレスを倒した後は、お花見を楽しんでらしてはいかがであります? 日頃デウスエクスとの戦い続きで、なかなか気の休まる時も少ないでありましょうから……」
参加者 | |
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万道・雛菊(幻奏酔狐・e00130) |
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645) |
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859) |
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246) |
トウコ・スカイ(宵星の詩巫女・e03149) |
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068) |
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597) |
長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807) |
●
公園。
「お花見はもう少し待ってください、この辺りは少し危険ですから」
トリスタン・ブラッグ(ラスティウェッジ・e01246)が、大勢の花見客を見渡して口を開く。
赤くツンツン跳ねた髪、鋭い目つき、髭を蓄えた強面と、傍から見れば大層恐そうでおっかなく見える大男。
だが、実のところ非常に大人しい性格の彼は、日々慣れない子育てを頑張る良きお父さんだ。
尚且つ、愛用のパイプを手作りするぐらい手先が器用な上、オーナーシェフとしてステーキハウスの厨房に立つ料理上手でもある。
「お手数をかけますが、少しの間ここから離れて頂きますよう」
隣人力を遺憾なく発揮して人々へ避難を頼み込む姿からも、顔に似合わぬ腰の低さが伺えた。
「お楽しみのところお邪魔致します。実はダモクレスがこちらに向かっていますの」
トウコ・スカイ(宵星の詩巫女・e03149)も、既知のトリスタンを手伝って、一般人へ頭を下げて回っている。
「どうか、皆様方の御身の安全の為にも、すぐ避難して頂きたいのですわ」
長い黒髪と澄んだ青い瞳が上品な巫術士の淑女で、アパートの管理人を務める傍ら、ハンドクラフト作品販売でも稼いでいる遣り手。
一見おっとりした気質に見えるも、実は喧嘩っ早さなら兄妹一という過激な面を持つ。
それでいて超絶なブラコン及びシスコンのトウコ。兄妹仲は変わらず良好なようだ。
「いやあ、人々の憩いのひとときを狙うとは、実に凶悪無比なダモクレスではないか。なあ」
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は、茫洋とした風情で呟きつつ、花見客へ避難を促す。
赤茶の髪と灰色の瞳を有した、どこか胡乱げなシャドウエルフの青年。
無表情ながら軽口を叩く愛嬌はあるも、性格は怠惰で適当。やる気なければ金もなく、更にはモテない三重苦。
『探偵時々拝み屋』を自称するも、本人曰く体力に乏しい為、戦闘はほぼ御業頼みという巫術士である。
「まあ直ぐ花見は再開出来るんで」
千梨が軽い調子で避難を頼む傍ら、ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)も一緒に避難要請を手伝った。
「花見客の皆さァーん、ケルベロスですよォー?」
フィジールも持ち前のチャラさを発揮、笑い声が甲高く聞こえる特徴的な声で一般人へ呼びかける。
「はいよォ押さない駆けない、花見は後でじぃっくりできっからなァ?」
軽いノリに反して、彼の注意する内容が至極真面目だからか、皆素直に誘導へ従っていた。
「もうすぐダモクレスが現れますので一時的に避難をお願いします。避難した後は警官の指示に従って下さい」
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)も、彼らしい丁寧な物言いで手筈を説明している。
黒目黒髪が優しい印象を与えて、整った面差しが歳より若く見える青年。
普段は拝み屋として活動したり、喫茶店でウェイターをしている。
また、四乃森流陰陽道護符を駆使して戦う巫術士であり、陰陽師らしい白い直衣が線の細い沙雪の風貌によく似合っていた。
「速攻で倒すので、そうしたらお花見を皆で楽しみましょう」
沙雪は、好印象を与えられる親しみ易い振る舞いを努めて、花見客を安心させる。
「皆様、慌てずに避難してくださいね~」
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)も、仲間同様に花見客の避難誘導へ回り、中でも足の遅い子どもやお年寄りが置いていかれないよう懸命にサポートした。
足まで届く銀髪に白椿を咲かせ、背には小さな白い翼が一対生えた、人形のような風情のオラトリオの少女。
人の言う事なら嘘だろうと大抵素直に受け入れる性格は、純真を通り越して騙され易い程。
竜十字島の一件以来は、ドラゴン勢力への復讐を誓い、手段を問わず積極的に戦っているそうな。
「ダモクレスが出るから避難して欲しいのよ〜、どうかお願いするわね〜」
万道・雛菊(幻奏酔狐・e00130)は、場に走る緊張を解すかのようなほんわかした語り口で、花見客へ逃げるようお願いしている。
ピンクのウェーブヘアとそこから生えた狐耳、穏やかそうな翠色の瞳が可愛い、ふんわりおっとりした雰囲気のウェアライダー。
気がつけば力に目覚めていた螺旋忍者で、扇情的な忍装束は彼女の本意じゃなく強いられて着用しているとの事。
酒好きだが、すぐに酔っ払ってしまう笑い上戸であるらしい。
「ちょっと遠巻きに見るくらいなら許しちゃおうかしら、でも安全なところから見てほしいわ~」
これも年長者故の余裕か、雛菊は花見客の中から『ケルベロスによるデウスエクス退治』へ興味を持つ野次馬が出ないとも限らぬと考え、最大限の譲歩をしてやんわり釘を刺しておいた。
一方。
「ここに自販機のダモクレスが出るって話だから、安全確保できるまで避難しててくれ」
花見客へは説明だけして避難誘導を仲間に任せ、自らは自販機ダモクレスの出現へ備えて警戒するのはノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)。
金の鬣が一際鮮やかな白狼のウェアライダー。年齢を差し引いてもいささか小柄で、本人も背の低さを気にしている模様。
父譲りの『二つ牙抜刀術』の使い手にて、その金の眼光は鋭く、纏う空気は歳より大人びている刀剣士だ。
しかし、本人は剣よりも歌や音楽を好み、毎日ギターの練習を欠かさないのだとか。
「いままでほっとかれたぶん、とか言ってるみてぇだけど。ほっとかれてたのはあくまで自販機で、ダモクレスは勝手に寄生しただけだろ。はた迷惑なヤツだな」
警戒の為に神経を張り巡らせる合間、ノーグはやれやれと肩を竦めた。
「ノミモノをクラエ! ハライッパイニシテヤル!」
自販機ダモクレスが桜の木立へ姿を現したのは、ケルベロス達が避難誘導を始めて5分と経たぬ内であった。
「出たぞ!」
機敏に駆け出しながらノーグが叫ぶ。
「さーて! お花見を邪魔する無粋な子には、さっさと退場してもらおうね!」
すぐに、長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)が接近、自販機ダモクレスを引きつけるべく囮になる。
白いリボンで2つに結った黒髪と赤茶の瞳が可愛く、多少言動が残念なところも魅力の少女。
サキュバスっぽく見られない服装を好み、種族特徴も普段は収納している。
性格は年相応に可愛い物や甘い物が大好きで、ウィッチドクターとしての勉強も熱心な努力家である。
「ジュースノムカ? イクラデモノメノメ!」
——ドドドドドド!
自販機の取り出し口から勢いよく吐き出される缶ジュースの滝。
「くぅっ!」
わかなは鉄鍋を両手で構えるも受け止めきれず、ごろごろと後ろへ転がった。
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪、参ります」
刀印を結んだ指で神霊剣・天の刀身をなぞってから、卓越した技量の一撃を放つのは沙雪。
「仕事熱心な自販機には悪いが、一気に仕留めにかかろう」
千梨も日本刀を引き抜いて、ダモクレスへ緩やかな弧を描く斬撃を浴びせた。
「小銭拾ってる暇は無いな」
いつもの軽口には余裕が感じられる。
「さっさと片付けてお花見したいですね〜」
エルスは、時折夢に見る——かつて滅亡した世界を覆う『闇』を、虚無と現実の狭間から召喚。
「終焉の幻、永劫の闇、かの罪深き魂を貪り尽くせ!」
自販機ダモクレスをひと息に飲み込ませて、その魂を絶え間なく侵食させた。
「お前の相手はこの俺だ!」
月の魔力を浴びて自らの爪に精神毒を作り出すのはノーグ。
——ズバッ!
その毒爪で自販機ダモクレスの胴を切り裂くや、奴の狂暴性を刺激、自分を狙って攻撃してくるよう仕向けた。
「……確かに一般人にとっては脅威でしょうけれど」
無表情で敵を一瞥するのはクルーアル。
「ともあれ立ち塞がる者は何だろうと倒しますわ」
千梨から凶悪な敵が出ると吹き込まれて、不機嫌ながらも出撃した彼女は、音速を超える拳で、自販機ダモクレスへ殴りかかった。
騒がしい戦いが続く。
自販機の吐く山盛りの缶ジュースや釣り銭口から溢れ出る小銭が、ガラガラじゃらじゃらと非常に喧しい上、こちらが攻撃を当てる度にもメコッと自販機から鈍い金属音が響いた。
「当ったれー!!!」
わかなは鉄鍋に加速をつけて思い切り振り下ろし、自販機ダモクレスをボコボコに叩きのめす。
金属対金属のぶつかり合いは壮絶なものがあった。
凛とした佇まいで天を指し示すのはトウコ。
その手が次いで前衛陣を指した刹那、天空より善なる者を護り助ける鋭い落雷が降り注いで、彼らの神経を研ぎ澄ますと同時に、わかなや釣り銭塗れなノーグの打撲を治癒した。
「それじゃ、手を抜かずしーっかり、頑張りましょ~」
と、全身を覆うオウガメタルを『鋼の鬼』に変じさせるのは雛菊。
——バキャッ!
そのまま白銀色の拳を打ち込んで、自販機ダモクレスの外装をめっきめきに砕いた。
「日本の自動販売機は少し多すぎます……一つくらい減ってもいいですよね」
トリスタンは珍しく冗談を言いながら、自販機ダモクレスへ肉薄。
「飲み物はありがたいですが、押し売りはやめてもらいましょうか」
忌まわしき沼の巨人から奪い取った力の宿りし腕を振るい、全力の打撃を見舞う。
その拳は——毎夜1人ずつ食らうという邪悪な巨人の如く確実に、自販機ダモクレスの頭部を貫いて、ついにトドメを刺したのだった。
「無事に終わりましたね」
巨大なスクラップを前に、弾指をする沙雪の声は明るい。
皆で戦場跡と化した公園をヒールで修復した後は、いよいよお楽しみの始まりである。
●
「さて、お花見をしましょうか」
担いできたクーラーボックスからいそいそとビールを取り出し、成人組へ注いで回るトリスタン。
「大吟醸と桃のジュースもありますよ」
沙雪はクリスティーネが預かっていてくれた荷物から紙コップを出して、未成年組へ桃のジュースを配った。
「たいやき持ってきた、あと団子とお茶」
と、好物の和菓子をたんまり準備していたのはノーグ。
「じゃーん! お花見といえば桜餅だよね♪」
わかなは関西風の桜餅を笑顔で薦める。
「梅茶を淹れましたので、皆様、良かったらどうぞ♪」
エルスは、他にも桜餅、蜜柑ゼリー、チーズケーキ等のお菓子を振る舞ったが、人見知りなのかトリスタンの腕にしがみついている。
「さあさ、トリスタンさんもいーっぱい、楽しみましょ~」
「これはどうも。ではお酌も返しませんと」
「ありがと〜、弱いけど飲むのは好きなのよ〜」
差しつ差されつ、雛菊とトリスタンは杯を交わして日本酒を楽しむ。
「では、僭越ながら……自販機ダモクレスの無事の撃破を祝って——乾杯!」
「乾杯!!」
トリスタンの音頭へ、酒の飲める大人達はビールや大吟醸の盃を掲げ、未成年組は桃ジュースや梅茶で乾杯に応じた。
「おじちゃんは、今日何を持ってきたの? 楽しみします!」
「私ですか? 私は、今日はこんなところを……」
杯を干したトリスタンが、自家製ローストビーフとチューリップのから揚げのぎっしり詰まった弁当箱を広げる傍ら、
「わたくしもお弁当を作って参りましたの。どうぞお召し上がりくださいませ♪」
トウコも負けじと、豪華な三段重ねのお重を披露する。
上の段は、鮭、若芽、梅鰹、昆布、ツナマヨとバリエーション豊かなおにぎり。
真ん中は、だし巻き卵に里芋と根菜の煮っ転がし、そして春玉ねぎ、人参、セロリのピクルスと美味しそうなおかずの数々。
一番下は、色鮮やかな桜餅と葛桜、三色団子がぎっしり詰まっていた。
「わー! 皆の持ってきてくれた物も美味しそう!」
どれから食べようかなー、と目を輝かせるわかな。
そこへ、
「さあ、どうぞ召し上がれ〜。私はお気に入りのお店の三色団子とお稲荷さんを持ってきたわよ~」
お酒が入って既に顔が赤くご機嫌の雛菊が、わかなの食べたかったお稲荷さんを振る舞ったので、
「お稲荷さんだ! ありがとう万道さん♪」
嬉しそうに摘むわかなのテンションは最高潮。
「んー♪ 桜も綺麗だけど……やっぱり花より団子だよねー♪」
更に。
「おーい、孫、弁当持ってきたぞー」
「おじーちゃんこっちだよー」
彼女の保護者とでも言うべき陸也が、これまた本気のお重弁当を引っさげて到着。
「こんなもんでどーよ」
と広げた一段目には、俵型のおにぎりがずらり。海苔巻き、ゆかり、栗おこわ、炊き込みご飯と種類も豊富だ。
二段目は、鶏唐揚げ、金平ごぼう、ひじき煮、ちくわの磯部揚げ。
三段目の卵焼き、冷食コロッケ、ウインナー、ミニトマト、ポテトサラダと合わせて、誰もが慣れ親しんだ定番のおかずである。
そして四段目が、オレンジ、キウイ、パイナップル、りんご、苺と気分を浮き立たせるフルーツ盛り。
「わー! わー! わー! すごいすごーい!」
陸也気合の手料理の見事さに、大はしゃぎして喜ぶわかな。
「なんでも好きなモン食っていーぞ」
良いところを見せられて密かに満足げな陸也を余所に、
「美味しいねー、おじーちゃん♪」
炊き込みご飯おにぎりを頬張るわかなは、とても幸せそうだった。
「ありがとうおじちゃん! いただきます!」
エルスも懐いているトリスタンの料理に大喜びで、瞳をきらきらさせている。
「どうぞどうぞ、たくさん食べてください」
トリスタンはしがみつくエルスをあやしつつも、トウコへから揚げやローストビーフを取り分けてあげた。
「ありがとうございます。とても美味しいですわ♪」
上品ながら健啖家のトウコは、上機嫌で肉料理を食べ進めていた。
「飲みたいもの飲んで、食べたいものを食べる……こっちのほうがいいですね……ん?」
その様を満足そうに見やってから、トリスタンが自分の皿に目を落とすと、どうも人参のピクルスがさっきより増えている気がする。
「あっ、おじちゃん、これ美味しいです! 帰ったら作り方教えて!」
美味しいので気にせず食べていると、エルスがローストビーフにぱくつきながら一生懸命に喋りかけてきた。
「ローストビーフですか。ニンニクをたっぷり効かせたのが良かったでしょうかね」
まさか、エルスが自分の苦手な野菜を彼の皿へこっそり移している事など、知る由も無いトリスタンだった。
「綺麗な物を綺麗と愛でる、その単純な幸福が、良い」
千梨は日本酒の杯を舐めつつ、幸せそうに枝垂れ桜を眺めていたが。
「更に美味い食事があるとは有難い……」
皆の弁当を見るや、酔いが回ってきたのか大真面目に拝み始めた。
そうやっておにぎりやから揚げをぱくつく千梨自身も、桜を模した切り口が可愛らしい太巻きを持参、皆の目と舌を楽しませた。
「わぁ~、凄い綺麗な桜ですね~」
とくとくとく。
ついつい桜の薄紅色に見惚れて、沙雪へお酌していた大吟醸を零しかけるのはクリスティーネ。
「ありがとう」
沙雪は笑顔で礼を述べ、表面張力ギリギリのお猪口を口に運んだ。
澄んだ水面にふわりと舞い降りた花びらが趣を添える。
「クリス」
お返しにと桃ジュースを彼女へ注いであげる最中、沙雪は透けるような銀髪にも淡い彩りを見つけて、指を這わせる。
「はわ、あ、ありがとうございます〜」
花びらを取って貰って、クリスティーネはおっとりした物言いながら頰を赤く染めるのだった。
一方。
「では御機嫌よう」
馴れ合いに交じる気は無いのか、クルーアルが短く言い残して去ろうとするのへ、
(「やはりな。素直に花見と言えば来るまい。俺は嫌われてるしな」)
無理に言葉をかけず、ただぶらぶらと後ろをついて行く千梨。
「団子食うかね?」
宴席からくすねてきた三色団子を差し出すも、返事は無い。
それすら予想していたかのように、千梨は自分で団子を食べ食べ呟いた。
「歩きながらでも花は見られるし団子も美味い。偶には脇目くらい振っても良かろう」
そう物柔らかに言う千梨と、誰の気も知らずに花びらを降らせる枝垂れ桜。
クルーアルはそれらへ冷たい視線を走らせて、
「娯楽も季節も私には不要だわ。私の時間はあの時から止まっているのだから」
スタスタと歩く足を速める。
「どうかな」
去っていく彼女の背中を見つめ、千梨はぽつりと洩らした。
「止まらないから時は優しく……残酷なのではないかな」
聞こえているのかいないのか——否、聞こえているからこそなのか、歩みを止めず姿を消すクルーアル。
「酔っぱらいの独り言だよ」
団子を飲み込んだ千梨は、おもむろに足を停めて、頭上の花を見上げた。
「ああ、見事な枝垂れ桜だ、春だなあ」
他方。
(「……てかコイツ、なんでオレばっか誘うんだろ」)
ノーグに誘われてこの場に居るフィジールは、さっきから桜餅やたい焼きを食べて尻尾をぱたぱた振っている彼をチラ見する。
「日本の木々や花の景色は綺麗だな、香りもいいし、風も穏やかだ」
ノーグはノーグで、桜を眺める傍ら、フィジールが缶のカクテルをガンガン飲む様を、羨ましそうに見やっていたが。
「……くー……くー……」
和菓子と茶で腹が膨れたからだろう、いつの間にかスヤスヤと寝入っていた。
「まぁいいけどなァ、どーせ暇だしよォ」
幸せそうに眠るノーグを見て、グイッと缶の残りを呷るフィジールだ。
「いい日よりですね……」
「ええ、ほんとに。こうして綺麗な桜を皆様と一緒に楽しめて、日本に生まれてよかったですの♪」
トリスタンとトウコが和やかに語らう中、のんびり桜を見ていたエルスが、うとうとしておじちゃんの膝の上へ横になった。
作者:質種剰 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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