永遠

作者:犬塚ひなこ

●薄色恋
 恋したひとは、遠くにいってしまった。
 もう二度と逢えない。声を聴くこともできない。それでも、この恋は永遠だと想う。
「今年も綺麗に咲いたな」
 小さな森の奥、青年は沈丁花が咲く景色を眺めた。
 この場所は初恋の少女がよく訪れていた大切な所。ふたりだけの秘密の場所だよ、と口元に指先をあてて無邪気に笑った彼女の瞳に恋をしたのはもう何年前だったか。遠い遠い記憶と思い出だ。
「毎年、墓よりも先に此処に来てしまうのは悪いと思っているよ。でも……」
 どうしてもこの場所が、此処で過ごした日々の事が忘れられない。否、あの美しい日々の思い出が薄れてしまうことを恐れて、つい花を眺めに来てしまう。
 不意にふわりと漂う甘い香りを感じ、青年は沈丁花にそっと手を伸ばした。
 そのとき、花の枝が奇妙にうごめく。
 彼が逃げる暇すら与えず、沈丁花の枝はその身体を絡めとった。何の因果か、運命の悪戯か、思い出の花は攻性植物と化してしまっていたのだ。
「俺……死ぬのかな。でも、あの子の命日に死ねるなら、それも――」
 身体が異形の花に取り込まれてゆくと感じた彼は静かに呟き、自らの意識を手放した。

●沈丁花の香
「生きることを諦めるなんて、ぜったいに駄目なのよ!」
 No、と首を振った朝霧・美羽(そらのおとしもの・e01615)は怒っていた。
 その矛先が向いているのはヘリオライダーによって予知された青年に対してではない。その命を取り込み、奪おうとしているデウスエクスに対してだ。
 もう、と頬を膨らませた彼女の傍ではビハインドのシホが美羽を宥めようとしていた。そうして、深呼吸をした美羽は改めて説明に入る。
「場所は森の奥。沈丁花がたくさん咲いている所なんだって」
 奥まった場所に群生する沈丁花。
 その花の種類は、がくの外側が淡い紅色に染まっているウスイロジンチョウゲ。白と紅が美しい花だ。そのなかの一株が攻性植物になってしまっているという。
 現時点で周囲に他の一般人はおらず、夕暮れが近付いているので今からわざわざ森に入る者もいないだろう。
 幸いにして場所も出現地も分かっているので敵との遭遇まではスムーズだ。
「攻性植物を攻撃すれば向こうも応戦してくるよ。でもね、戦うときにちょっと気を付けないといけないことがあるのよ」
 相手は普通に戦えば楽に勝てる個体らしい。
 だが、取り込まれた青年は攻性植物と一体化しており、普通に敵を倒すと一緒に死んでしまう。その為、彼を救うには敵にヒールをかけながら戦わなければならない。
 ヒール不能ダメージは少しずつ蓄積していく。つまり、癒しを続けながら粘り強く攻撃していけば攻性植物だけを滅することができ、青年を助けられるということだ。
「思い出の場所で死ぬなんて悲しいのよ。だからボクは絶対に救いたいの」
 ぐっと掌を握った美羽に合わせ、シホも両手を握って意気込みを見せた。たとえ長期戦になって自分達が傷付こうとも諦められない命がある。
 青年にとって、沈丁花は儚く悲しい思い出が蘇るものかもしれない。しかし、彼の胸の奥には哀しみだけではない他の感情もあるはずだ。
「何よりもね、思い出の場所が悲しい場所になるのはいけないから!」
 美羽は沈丁花の花言葉のひとつが『永遠』なのだと語る。
 人が抱く永遠なんてちっぽけで儚いものかもしれない。けれど、今ここでその想いを潰えさせるわけにはいかない。そうよね、と微笑んだ美羽は未来に希望を視ていた。
 どんなに辛くとも生きていればこそ。
 生きている限り、きっと――彼の永遠は続くはずだから。


参加者
道玄・春次(花曇り・e01044)
シェリル・プリムヴェール(幽明に咲く花・e01094)
朝霧・美羽(そらのおとしもの・e01615)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
ルナ・カグラ(トリガーハッピーエンド・e15411)
英・虎次郎(魔飼者・e20924)
楠木・巴(神の御奴・e35929)

■リプレイ

●生きる意志
 死は誰にでも必ず訪れるもの。
 早いか遅いかは神にしかわからず、人の手で操ることはできない。
「此処が沈丁花の森なのね」
 朝霧・美羽(そらのおとしもの・e01615)は夕闇に沈む森の奥を見つめた。続けてふと、美羽はビハインドのシホの横顔を眺めた。その瞳の奥はどうしてか仄昏い。
 彼女はきっと何かを思い出しているのだと感じながら、イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)は殺界を形成する。
「大切なひととの思い出の場所、ですか……」
 遠くに見えた沈丁花の咲く一角を眺め、イルヴァは独り言を零した。シェリル・プリムヴェール(幽明に咲く花・e01094)もその声を聞き、小さく呟く。
「……初恋は忘れられないものよね」
「恋した相手の命日に、逝けるのはそれはそれで幸せなのかもしれんな」
 件の青年について、シェリルが思いを口にすると道玄・春次(花曇り・e01044)も静かに頷いた。すると、ルナ・カグラ(トリガーハッピーエンド・e15411)が溜息を吐く。
「生を諦めた自殺志願者に興味なんてないわ。もうさっさと中身の人間諸共ヘッドショットしてしまえば……」
 ルナの言葉を制し、御子神・宵一(御先稲荷・e02829)は違いますよと首を振った。
「彼は自らの意思で死者を追おうとしたのではないのだから、助けなくては」
「ええ、冗談よ冗談。多分ね」
 前髪に隠れた宵一の瞳が自分を見つめている気がして、ルナは視線を逸らす。
 ルナとて冷血漢ではない。偶々起きた危険で命を投げ出し、あまつさえその理由を死んだ彼女に向けた性根と弱さが気に食わなかっただけ。
 だが、力を持たぬ者が危機に陥ったとき、諦めずに抵抗し続けられるだろうか。不屈の心を持てるのは極一部のみ。英・虎次郎(魔飼者・e20924)は弱者を救い出すのが自分達の役目だと感じ、前方を見据える。
「本人の気持ちがどうであれ助かる命なら助けるだけだ」
 俺には同情する資格も無い、と呟いた虎次郎は花の元へ歩を進めた。
 そのとき、楠木・巴(神の御奴・e35929)が怪しい影を発見する。見てください、と指先で木の影を指さした巴。その先には沈丁花の低木に絡めとられた青年の姿があった。
「どうやら来たみたいね」
「皆さん、戦闘準備を」
 シェリルは青年が気を失っていることを確認し、イルヴァは仲間に呼び掛ける。
 敵もケルベロス達に気付いたらしく、殺気めいた空気が満ちた。気を付けて、と告げた春次はボクスドラゴンの雷蔵に目配せを送り、宵一と虎次郎も頷いて応える。
 巴はいよいよ戦いが始まる気配を感じ、神刀『カガチ』に手をかけた。
「どうか、彼の大切な場所が無くなりませんように……」
 どうぞ彼をお守り下さい、と心の中で祈った巴は刃を抜き放つ。次の瞬間、攻性植物から強い魔力を孕む花の香が放たれた。
 その薫りを戦闘開始の合図代わりにした美羽が、行くのよ、と音色を奏でる。花香が仲間を蝕むのを防ぐように、生きる事の罪を肯定する音が響き渡った。
「ボクはワガママで自分勝手だから、目の前で死を待つ人がいたら助けたくなるの」
 美羽が見つめるのは全てが救われる未来。
 たとえ彼が命を諦めていたとしても、この手が届く限りは絶対に助けたい。強い思いと共に沈丁花の森での戦いが幕あけた。

●散らぬ花
 捕えた青年の力を使い、攻性植物は襲い来る。
 彼は気を失ったまま呻き声をあげ、苦しげな表情を浮かべていた。もし、青年が死を迎えれば想いも永遠にこの森に留まることが出来るかもしれない。
 春次は浮かんだ考えを振り払い、如意棒を振り上げた。
「けど、此処で命を枯らせる事は出来んよ」
 自分達は救える命を救う為に来たのだ。匣竜の雷蔵が敵に体当たりを仕掛けた隙を狙い、春次が截拳撃を振るう。
「永遠をどんなものにするかは彼が選ぶことだもの」
 シェリルは頷き、黄金の果実をみのらせて仲間の援護に移った。
 その際にシェリルは宵一に視線を送る。その合図を受け取った宵一は果実の効果が巡っていくタイミングに合わせ、紙兵を散布していった。
 シェリルと宵一による加護の力が広がってゆく最中、巴は地を蹴って敵との距離を詰めた。巴の蹴激が見舞われる間にイルヴァは刃の切先で掌に二つのルーンを刻む。
「少し、羨ましいですね」
 思い浮かべるのは大切なひとともう出会えないさびしさ。苦しい思いを抱えた男性に共感しながら、イルヴァは彼の想い出が残っていることに羨望を覚えていた。
 だからこそ消させはしない。
 血染めの紋字を贄となしたイルヴァは魔力を解放する。其処に続き、ルナは銃口を敵に差し向けた。
「やれやれね。死ぬと花実は咲かないものよ」
 代わりに私の生活費になってもらいましょう、と告げたルナは弾丸を放つ。ランダムな軌道で飛び回る銃弾は敵を穿ち、衝撃を与えていく。
 虎次郎も敵が次の一手に出る前に、と刃の内部に地獄を注ぎ込んだ。蹂躙形態に変化した剣を構え直し、虎次郎は囚われた青年を見つめる。
 自分と青年と似ている。過去の苦しみも分かる気がした。だが、己とは違うのだと首を緩く振った虎次郎は苦笑いを浮かべる。
「助けるとなると骨が折れるぜ」
 そう嘯いた彼は剣を振って狙いを定めた。
 そのとき、鋭く伸ばされた枝の一閃が敵から振るわれる。
 咄嗟に春次が狙われた宵一を庇い、その身を挺した。美羽もシホに花を傷つけぬよう願い、軽やかに地面を蹴る。
「アナタの死を仕方ないって諦めたくないのよ」
 踊るように、跳ねるように。美羽がステップを踏むたびに、虹色に輝く丸い円い泡が周囲に浮かんだ。そして、弾けた泡は虹色の滴となって仲間達に降り注ぐ。
 美羽が青年に語り掛けたことに倣い、巴も声をかけた。
「諦めてはなりません。貴方の大切な方は、貴方が亡くなる事を望んでいらっしゃると思いますか……?」
 彼の意識は戻っていない。それでもまったく聞こえないはずではないと考えた巴は懸命に呼び掛けていく。精神を極限まで集中させた巴の一閃が敵を貫き、力を奪った。
 その合間にシェリルが敵に癒しの力を向け、ダメージを回復させる。
「悲しいままの永遠なんて、ここで手折らせてもらうわ」
「デウスエクスは看過出来ないが、助けられる命を棄てたくもない……」
 シェリルの言葉に続き、宵一も思いを言葉に変えた。仲間達の守護となる紙兵を張り巡らせ、宵一はしかと戦場を確認する。
 青年を助けるには敵の体力に気を付けなければならない。はたとした春次は敵への癒しが足りていないと察し、自らも力を紡ぐ。
「――途を灯す火よ。……おいで」
 狐火を尾に纏う朱鞠狐の精霊が召喚され、子狐達が青年の周囲をくるくると回った。これは敵ではなく彼に施したものだと考えた春次は、雷蔵にもういいよと告げる。
 その声に応え、雷蔵は竜の吐息を敵に浴びせかけた。
 どうしても回復を続けなければいけない状況にルナは大きく息を吐く。
「まったくもって弾代のかかりそうな相手ね」
 無駄な犠牲を出す気はないものの、青年のせいで無駄に弾代食うのも腹立たしい。そう語るようにしてルナはヘッドショットを繰り出した。
 イルヴァも仲間に続き、竜槌を振り上げる。跳躍した彼女は轟竜の弾丸で攻性植物を穿ちながら身を捻った。敵が弾を受ける度に青年の顔が苦悶に歪む。
(「大切な思い出は、これからでも作れるから――」)
 彼を思い、自分にも言い聞かせるような前向きな気持ちを抱き、イルヴァは着地する。
 攻性植物の一部が散り、巴は他の花に余波が向かないかを確かめた。
「出来る限り花を散らさないようにしたいですね」
「お人好しだな皆……。だが。そういうの嫌いじゃないぜ。ま、俺もなるだけ花を散らさない様頑張ってみるさ」
 薄く口元を緩めた虎次郎は敵の身を削り取るようにして刃を振り下ろす。その動きは他の沈丁花を散らさぬようしっかりと気配りが成されていた。
 美羽は仲間達の動きから確かな優しさを感じ取りながら、シホを見つめる。
「いつも通り一緒に闘おうね。ボクを守ってね、ボクも守るのよ」
 金縛りで敵の動きを制しているシホは美羽のおねえちゃんだ。自分の我儘で『永遠に逢えない姉』を縛っている。そう考え、心の奥底で現実を歪めていることを分かっている美羽は件の青年に後ろめたさを感じている。
 何故なら、彼は別離を受け入れているように思えたから――。
 僅かに俯いた美羽の様子に気付き、イルヴァはそっと声をかける。
「大丈夫です。必ず、助けられます」
「その通りやね。まだ誰も諦めてなんてないから」
 春次も仮面の奥から視線を送り、仲間に励ましの言の葉を送った。巴も、シェリルも、宵一や虎次郎も、皆が青年を救う為に動いている。
 うん、と大きく頷いた美羽は前を見据え、続く戦いへの思いを強く持った。

●散りゆく魔
 攻性植物との戦いは長く続き、仲間達の息も切れ始める。
 ルナを中心として鋭い一閃が敵に見舞われた。しかし、攻撃に専念すると敵を倒してしまう為、シェリルは常に沈丁花を癒し続ける。虎次郎や宵一も適度に回復にまわり、癒せぬダメージが蓄積するまで懸命に耐えた。
 春次と雷蔵も仲間を守る為に果敢に立ち回っている。
 だが、あるとき。枝打がシェリルを穿ち、その肌に傷をつけた。散った血を見つめたシェリルの瞳に冷酷な色が映る。
 今までとは違う鋭い視線を向けたシェリルは古の想いを呪いに変えた。
「歪められた姿を永遠とするのは余りにも忍びない。さあ、大人しくして頂きますよ」
 歪められた祈りは安寧を侵す者の命を吸い上げ、アネモネの花と化して舞う。紅い花影の奥には冷たい微笑が潜んでいた。
 そのとき、ルナがはっとして仲間達に呼び掛ける。
「今こそ一気に畳みかける時ね。こんな戦い、さっさと終らせましょうよ」
 敵のヒール不能ダメージが溜まったというルナの直感は当たっていた。ルナの紡いだ古代語魔法の詠唱に続き、春次も魔力を練り上げる。
 刹那、ルナと春次による光の一閃が双方向から攻性植物を貫いた。
「頼むな、雷蔵、皆」
 春次の声を聞き、匣竜は駆ける。宵一も攻勢に入り、無言のまま神使である白狐の霊を召喚した。言葉は少なくとも宵一が戦いにかける思いは本物だ。
 匣竜の体当たりに続いた白狐達は妖火で敵を翻弄する。イルヴァもバスターライフルの銃口を敵に向け、エネルギー光弾を射出した。
「二人とも、この隙に、行ってください」
 イルヴァは美羽とシホに目を向け、二つ分の頷きが返ってくる様を確認する。そして、美羽は駆けだした。嘗て救えなかったことへの後悔は強い。でも、だからこそ他者を救うことへの思いがより強くなった。
「4ビートを奏でる鼓動が止まるそのときまで、生きることを諦めないで!」
 星座の重力を宿した剣は攻性植物を斬り裂き、その力を砕く。其処にシホの連撃が入り、虎次郎は軽く口笛を吹くことで賞賛を示した。
「さて、もう力加減を気にする必要はないな。全力で行くぜ!」
 虎次郎は獲物に飛び掛る虎の如く残影を伴い、敵との距離を詰めた。其処から繰り出されるのは全体重を乗せた蹴撃。
 悪しき花弁が散り、敵は明らかに弱った様子を見せている。巴は次が最後の一撃になると察し、梓弓を強く引き絞った。
 この一閃が魔を打ち払うように――祓へ給ひ、清め給へ。
「どうか、希望を捨てないで下さい!」
 祝詞に合わせて引かれた巴の弓から全ての魔を打ち砕く光の矢が放たれた。破魔の矢道は戦場を真っ直ぐに飛翔し、歪んだ沈丁花を正面から貫く。
 そして、戦いは終わりを迎えた。

●花が抱く意味
 青年の身体を覆っていた花と枝は崩れ落ち、枯れ果てる。
 それと同時に青年が傾ぎ、呻き声が零れ落ちた。攻性植物から彼が解放されたのだと察した宵一は駆け寄り、倒れそうになったその身体を支えてやる。
「意識が戻ったようですね。外傷も見受けられません」
「う、ん……此処は……?」
 宵一は目を開けた青年に簡単な事情説明を行い、平静を取り戻させた。枯れた沈丁花は攻性植物となっていた一株だけ。
 花も無事よ、と伝えたシェリルは優しく笑み、彼に無事を聞く。
「大丈夫? 怪我はないかしら」
 普段の柔らかな雰囲気を纏い、シェリルは青年の傍に屈み込む。手を伸ばし、肩を貸してくれたシェリルに対して青年は礼を告げた。
「お蔭で平気みたいだ。君達が来てくれなかったら、僕は……」
 一度は死を覚悟したであろう青年は俯く。その姿を見たルナは軽く帽子を被り直し、思うままの言葉を告げる。
「何をしてもアナタの勝手だけれど、死ぬ理由を他人に求めるのは格好悪いわよ」
 それだけを告げ、ルナは踵を返した。
 仲間の言葉を聞いた巴は青年が更に落ち込んでしまってはいないかと心配して、そっとその顔を覗き込む。だが、彼はその通りだと呟いて去るルナを見送った。
 その視線の先には散った花弁がある。
 虎次郎は彼がその花を通して亡くした彼女を思っているのだろうと気付き、一言だけ思いを言葉にした。
「――死んだ奴の思い出は、生きてる奴にしか紡げない」
 そして、明けない夜は無いのだと己自身を振り返る。たとえ伝わらずとも、虎次郎は自分なりの『生きろ』という思いを籠めた。
 俯いていた青年が顔をあげ、春次は静かに問いかける。
「想い人がいたんよね? その子は沈丁花が好きやったんよな」
「ああ、とても好きだと言っていたよ」
「なら、此れからも綻び咲うこの景色を、叶うなら永遠に、見届けてやるのがえぇんやない? その子が見られない分まで、な」
 本当の意味での永遠を抱くことは無理だろう。けれど、せめてこの花が生きる意味になってくれたらと春次は思う。
 イルヴァは残った沈丁花の花を綺麗に整え、これで元通りだと青年に見せた。
 過ぎ去った日々は失われたまま。けれど、思い出はいつも胸の中にあるもの。
 彼が忘れない限り、恋い慕う彼の想いがある限り。
 それは、永遠。
「でも、いつか前を向くことができるって思えたら、……あなたは、永遠を胸に、それでも、新しい一歩を、踏み出してもいいと、わたしは、思います」
 イルヴァは上手く形に出来ない考えを懸命に言葉に変えた。美羽も友人の思いに微笑み、青年に告げてゆく。
「きっとね、想い出は誰かに話して伝えていけば、誰かと分かち合って、つみ重ねていけば、永遠に近い物になるんじゃないかな」
 その想いを耳にした青年は薄く笑み、微かに浮かんだ涙を指先で拭った。
 ルナの厳しい言葉も、虎次郎の隠された思いも、イルヴァ達の優しい心も、全て彼に届いたはず。シェリルは仲間達と青年を見つめ、穏やかに目を細めた。
 この花の景色が誰かの大切なものなら、自分の心にも記憶にもしっかりと刻み付けておこうと美羽は誓う。そうすることで少しだけ彼の永遠を分かち合える気がした。
 そして今宵も、静かな夜の帳が降りてゆく。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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