片想いこそ至高! 片恋ズムビルシャナの妄信

作者:質種剰

●飽きから目を逸らす人々
 住宅地にある公園。
「恋愛で一番楽しい時期は片想いの時である!」
 茜色に染まる空の下、ビルシャナが揮う弁舌は、一見、誰しも共感できそうな内容である。
「恋愛で一番幸せな時期は片想いの時である!」
 信者達も深く頷いて、ビルシャナの演説に聞き入っていた。
 しかし。
「即ち、恋愛に於いて得られる幸福感のピークは片想いの間に終わるという事だ! いざ両想いになってしまえば、後は辛い別れが待つのみ!」
 やはり、ビルシャナの教義である。雲行きが怪しくなってきた。
「諸君も経験あろう! 互いに望み望まれて付き合ったところで、すぐに愛情もとい情欲が冷めて餌をやらなくなる男、他の男に目移りする女……新鮮味のないデートに飽きて連絡も間遠になり、自然消滅……あまりに虚しい恋愛の末路を!!」
 ビルシャナがやたら情感たっぷりに極論を語れば、
「わかるわ、男って皆そう……そっちから付き合ってくれって言った癖に、すぐ冷めるところが腹立つのよね」
「女は勝手だよなぁ、うちのは最近目も合わせてくれないし。全く誰の為に働いてると思ってるんだか」
 信者達は、身に覚えがあるのか、好き放題に異性を詰って納得している。
「嘆かずとも良い。男も女もどちらも悪くない。男は女をモノにするまでの過程に歓びと興奮を感じ、女は関係した後から徐々に気持ちが高まりのぼせ上がる。互いにテンションの上がり方がズレているだけなのだ」
 ビルシャナは尤もらしい理屈を並べ立ててから、堂々言い放つ。
「つまり! 異性に理想の恋愛を求めたところで無駄! 恋愛は片想いのままが一番幸せなのである!!」

●長続きの秘訣
「う~ん、わたしはまだ恋愛経験が無いから何とも言えないけれど」
 そう前置きするのは、氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)。
 『片恋ズムビルシャナ』の存在を察知できたのは、彼女の調査による所が大きい。
「片想いよりも両想いや恋人同士、夫婦関係が辛い事ばかりだったなら……きっと人類はここまで繁栄しないんじゃないかしら」
 屈託ない笑顔を見せるかぐらに、小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)も頷く。
「ええ、左様に存じます……ともあれ、皆さんにはこの『片恋ズムビルシャナ』の討伐と、信者の方々の説得をいつものようにお願い致します」
 『片恋ズムビルシャナ』は、かのビルシャナ大菩薩から舞い散った光の影響で悟りを開き、完全なビルシャナと化してしまった元人間である。
 ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力がある為、放っておくと一般人信者は配下になってしまう。
「ですが、ビルシャナ化した人間の主張を覆せるぐらいのインパクトのある主張で対抗すれば、周囲の信者達が配下になるのを防げるでありますよ」
 片恋ズムビルシャナの配下となった人々は、ビルシャナが撃破されるまでの間、例えるならサーヴァントと同程度の戦力となり、こちらへ襲いかかってくる。
「片恋ズムビルシャナさえ倒したら元に戻りますので、救出は可能であります」
 しかし、配下が多い状態で戦いが始まると、それだけ不利になる為、気をつけて欲しい。
 また、ビルシャナより先に配下を倒したら、往々にして命を落とす事へも要注意である。
「皆さんに倒して頂きたいのは、片恋ズムビルシャナ1人のみであります。ビルシャナ閃光と浄罪の瞳で攻撃してくるでありますよ」
 理力に満ちたビルシャナ閃光は、複数の相手へプレッシャーを与える遠距離攻撃。
 敏捷性を活かした浄罪の鐘も、射程が長い上に複数人へダメージをもたらし、稀にトラウマすら具現化させる。どちらも魔法攻撃だ。
「配下は革のボディバッグを武器代わりに投げつけてきますが、皆さんなら敵ではありますまい。複数人に当たる遠距離攻撃であります」
 ちなみに、ビルシャナがジャマー、信者達はクラッシャーである。
 戦場は夕暮れの公園で、一般人へ長々演説している片恋ズムビルシャナのところに、ケルベロス達が正面から乗り込む形となる。
「教義を聞いている方々は、片恋ズムビルシャナの影響を受けているため、理屈だけでは到底説得できませんでしょう」
 インパクトが重要なので、何か斬新な論理や演出を考えておくと良いかもしれない。
「ふむ……片想いへ対抗するなら、両想い、恋人同士、夫婦関係でありましょうけれど……今度のケースでは、ただラブラブなところを見せつけるだけでは厳しいかもしれません。むしろ、『ご自身が恋人さんといかに長く続いているか』や、『恋人関係をずっと続ける為の秘訣』をまことしやかに語るのが、一番効果的でありましょうね」
 かけらはそう補足して、ぺこりと頭を下げた。
「ビルシャナになってしまった当人はもう救えませんが、一般人の方々のお命を救うため、どうか片恋ズムビルシャナの討伐、宜しくお願いします……」


参加者
宮藤・恋華(永遠不動のプロニート・e04022)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)
ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)
阿久根・麻実(売星奴の娘・e28581)
岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)
黛・朔太郎(みちゆくひと・e32035)

■リプレイ


 公園。
「恋愛に於ける幸福のピークは片想いの時である!」
 片恋ズムビルシャナが信者達に持論を展開している最中、ケルベロス達はヘリオンから降り立った。
「やはり一番幸せなのは両想いになった時ではないでしょうか?」
 阿久根・麻実(売星奴の娘・e28581)が、控えめな風情ながら口を開く。
 長く艶のある黒髪と澄んだ金の瞳、健康そうな肌が神秘的なドワーフの少女。
「何だと?」
「私のお母さんも父が失業して酒とギャンブルに溺れた時でも、『その思い出があるから……』と最後まで父を信じていられたぐらいですし……」
 麻実の語る想い出は簡潔で解り易く、訝る信者達をも引き込む力がある。
 静かになる彼らを見回して、麻実は尋ねた。
「そもそも『ずっと片思い』のどこが幸せなのでしょうか?」
 真っ直ぐな眼が信者の動揺を射抜く。
「『ずっと片思いでいる』と言う時点で失恋が確定します、何故なら成就させた時点で片思いじゃなくなるのですから」
 穏やかな声音で的確に正論をブッ込んでくる麻実へ、言葉を失う信者。
「愛しい人と愛し合える可能性を捨てさり、他の人に愛する人がとられても何もできず、片想いを成就させぬ為にはその人と親しくなる事すら、避けねばなりません……」
 確かな手応えを感じつつ、麻美は続けた。
「皆様パートナーに不満があるようですが、では、その人と今言った状態になる事を望みますか?」
 信者の中に恋人持ちや既婚者が居る事も、彼女は予知情報から見抜いていたのだ。
「もっと簡単に言ってしまえば、愛を捨てられますか?」
 辛辣にすら響く麻実の問い掛けへ、信者達は面白い程苦悩する。
「……む、無理だ。幾ら会話の無い嫁さんでも別れる訳には……!」
 麻実の話術による揺さぶりは効果抜群だった。
「恋愛事はよくわからん」
 次いで、説得に挑むは岡崎・真幸(脳みそ全部研究に費やす・e30330)。
 彼自身は恋愛経験皆無でも、ヤンデレ夫と性に奔放な妻の夫婦や腹黒男と15歳年上女のカップルがそれぞれ会話やスキンシップを欠かさず良好な関係を保っているのをよく知っている。
 その為、信者は自ら努力をやめた馬鹿にしか思えぬようだ。
 まして、恋愛に無頓着な真幸ですら薬品片手にツッコミたくなったのが、
「お前ら異性の文句言ってるがそれ仲間に対して言葉のドッチボールしてね?」
 この事である。
「な、何の事だか」
「客観的に見たら、片思い中のいじいじうじうじ少しの事で一喜一憂してる方が余程アホくさい」
 図星を突かれて視線が泳ぐ信者へ、真幸は容赦無く彼お得意の言葉の刃をブッ刺す。
「付き合ってから長く続く奴見てきたが、大半は会話してるしお互いの妥協点探して長続きするよう、幸せになろうと努力してるぜ。お前らそういう事したか? ちゃんと伝えたか?」
 旅団での人間観察が役に立ってか、真幸の論理は深く含蓄すら感じられる。
「……気持ちが離れたら、もう終わりだと諦めてた……」
 説得に感化されて肩を落とす信者達。
「そこに経験豊富な奴らいるから聞いてみろよ。少なからず何かしらしてるぜ」
 真幸は、相変わらず抑揚の無い口調ではあるものの、危なげなく演説を終えて仲間にバトンタッチした。
「ボク、片思い、したことある……ううん、今も続いてるかも」
 話を振られたゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)は、屈託無い調子で喋り始めた。
「だって、ボク、みんなのこと大好きだから! みんな優しい人、守りたいって思う!」
 橙水晶の瞳に純粋無垢な光を宿した、立派な体格と幼い言動のギャップが印象的なヴァルキュリアの青年。
 現に、今も本人は博愛主義の自覚など皆無で、ただただ本心から言葉を紡いでいた。
「けど、みんなにはそれぞれ大事だと思う人、良くても悪くても付き添いたいと思う人がいるんだよね。大好きだと思ってばかりだと、その邪魔になる」
 その上で、ゲリンは己が仲間へ抱く隣人愛と世間一般の男女の情愛の差についても、
(「みんなのこと大好きだけど、同じようにボクのこと大好きだと思ってくれる人はいないかもしれない……みんなの邪魔にはなりたくない」)
 内なる葛藤を経て、彼なりに違いを飲み込み理解を深めた。
「でも、最近、ボクが世界で一番愛せる人、見つけた」
 それこそが、ゲリン自身の世間を知る努力を続けた成果でもあり、今彼の口から飛び出した恋人との関わりのお陰である。
「ボクのこと、愛しているって、言ってくれた……だから、ボク、邪魔だと思わないで、思いっきり甘えられるようになった!」
 自分の事を好きでいてくれる、男としての我が儘を受け止めてくれる人がいたと判って、素直に嬉しかったゲリン。
「だから、どんなに辛い思いでも、お互い、想いを伝え合うことが、きっと大事」
 ——息が出来なくなるほど、思いを貯めこむのは、辛い別れ以上に、きっと、絶対にツライことだから。
 信者へ両想いの大切さを己の言葉で説く程にも、成長できた。
「両想いで幸せになるヒケツ? ……んー……約束、結んでみたらどうかな?」
 なればこそ、彼の考える秘訣も的を得ていて。
「お仕事終わったら一緒に遊ぼ、とかおいしいもの、食べに行こうとか」
 どんなちっちゃなものでも……そんな証を作ってみたら、どうかな?
 約束——信者達からすれば新鮮に聞こえるマンネリ打破の方法は、彼らを深く唸らせるのだった。
(「私と彼女はまだ交際一年足らずですが……愛の深さなら負けませんよ!」)
 黛・朔太郎(みちゆくひと・e32035)は、歌舞伎役者らしく大見得を切って歩み出る。
「あなた方は、自分が恋愛で傷つきたくないだけでしょう?」
 冷徹な響きで問い詰める姿勢も、いつになく強気だ。
「飽きられ捨てられたから、冷たくされたから両想いは嫌だと片想いのまま勝手に夢見て逃避しているだけです。傷つく覚悟の無い者に、真の幸せが掴めるか!」
 信者へ反論の隙を与えず断言する朔太郎。
「ひっ!」
 これらの言動全てが彼の作戦であり、信者がビビって萎縮するのも目論見通りである。
「では、私と彼女が相思相愛な秘訣、教えて差し上げましょう」
 信者の怯え具合に満足した朔太郎は、水を得た魚の如く演技力フル活用、コロッと態度を変えた。
「両想いだからといって、ずっと甘い空気では誰だって疲れます、大切なのはメリハリ! 普段はそれなりの距離を保ちつつ、いちゃつく時には目一杯!」
 さっきまで怖く厳しかった男ですら、恋人の話ともなればかように幸せな顔が出来る。
「私の恋人、いつもはクールなのですが、二人きりのときにはちゃんと優しく私を甘やかしてくれるのです」
 一体何が彼をこうも惚気させるのか、それこそ恋人の存在、即ち両想いの力に他ならない——と信者へ思わせるのが狙いだ。
「この間なんか膝枕で……ふふふ、幸せ」
 尤も、途中から演技通り越して、素でトリップしていた朔太郎なのだが。
「……人間って恋をするとマジで人が変わるんだな」
「おっかねぇ兄ちゃんがあれだけデレデレに……両想いも良い物なんかね」
 信者はすっかり彼の演技に騙された様子。朔太郎命名『ギャップ強調大作戦』成功である。
 ちなみに朔太郎の恋人は誰もが認めるクール美少女だが、膝枕だけは実話らしい。


「……やはり、拙者には理解出来ない事でござるな……」
 ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)は、ぽつりと洩らした本音が仲間へ聞こえはすまいかと気にして、焦りを表情に出さずとも口を噤んだ。
 それと言うのも、表向きはお調子者を装っている彼だが、本当の所は恋愛感情や愛という物を実感として全く理解出来ず、知識としての解釈に留まっていて、快楽エネルギーを得る為だけの物という認識。
「お主達、異性に対して自分の理想を押し付けるだけで、相手の事を理解したり、相手の理想と擦り合わせたりしていない事は、どうなのでござる?」
「え」
 けれども、他人への思い遣りは持ち合わせているのだろう、ラプチャーの詰問は鋭い。
「それでは片想い等の話の前に、人間関係としても残念としか言いようがないでござる」
 いかにもオタクっぽい見た目のラプチャーが人間関係を説く。
「恋愛しかり、友情しかり、全ては先ず相手を思いやり、相手の事情を受け入れないとダメでござろう?」
 それは、普段から部屋に閉じ籠っていそうな彼でさえ、他人への思い遣りや気遣いを駆使して円滑な人間関係を築いているという事実。
「そうした事を見直してから、もう一度恋愛をしてみてから判断しても遅くはないと思うでござるよ」
「くそっ、こんなアニメキャラのシャツ着てる奴に説教されるなんて」
 信者達の精神へ大打撃を与えるには十二分なインパクトである。
 また、ラプチャー自身、真面目に真実の愛を探し求めているからこそ、客観性に長けてしっかりした意見が言えたのだろう。
「……さて、そこまで片想いが一番幸せというなら、お主リア充でござるよな?」
 だが、信者達を敬服させた所でラプチャーの眼鏡がギラリと光った。
「独り身でもリア充なのでござるよな?」
「えっ、いやまぁ、うん」
 地を這う声で凄まれ、蒼褪めた信者が頷く。
「……リア充爆発すべし、慈悲はないでござる」
 ラプチャーは宣言するやサバトをすっぽり被ってゴゴゴゴと負のオーラを撒き散らし、信者へ鞄に刺していたポスターで殴りかかるのだった。
 そんな憂さ晴らしはともかく、見事な説得で後へ繋げたラプチャーである。
(「今回のビルシャナさんは手強そうですね。理想は思い描いていても、実質恋愛経験は乏しいですから」)
 ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)は、自らの経験不足が思いやられて密かに緊張していたが。
「けど、尤もらしい事を言っても矛盾は感じるのです。例によってその穿った認識、改めさせていただきます」
 そこは歴戦の勇士としての自信を胸に、今日もビシッと言い放つ。
「あなた方の言い分を聞いてて思ったのは『恋はしていても愛はしていない』という所でしょうか」
 可愛らしい見た目のメイドさんに、自分では思いも寄らぬ痛い所を突かれて、冷や汗をかく信者達。
「ま、まぁ、片想いってそういう物かも……」
「お相手に自分を受け入れて貰いたい願望は強くても、お相手の全てを受け入れたいという真心が無い」
 ニルスの指摘は至極尤もな意見であり、返す言葉もない。
「愛に見返りを求める時点で矛盾しているのです。恋愛を特売品のカップ麺のように安く見てはいけないのです」
 ニルスの言い回しは穏やかな中にもしっかりと芯が通っていて、疑念だらけの信者達ですら、自ずと考えさせられる気になってくる。
「あれは、私がまだ料理の腕が半人前だった頃……あの方に喜んでもらおうと好物のハンバーグを作ろうとして……大失敗」
 ここで駄目押しとばかりに、ニルスは両想いの素晴らしさについて語り始めた。
「生焼けでコゲだらけ……なのにあの方は文句を言わず完食なさいました」
 仕える旦那様の事を話す時のニルスの声は、普段より甘く優しい。
「『出来は確かに悪かった、だが指先を傷だらけにしても挫けずに調理を全うしたその気持ちだけで充分、満たされた』……そう仰って優しく頭を撫でてくれたあの方の手の温もり……今でもハッキリ憶えているのです」
 しっとりと叙情的に語り終えるや、信者達はすっかりニルスの弁舌に引き込まれていて。
「良い話だな……!」
「ああ……片想いじゃ望むべくもない暖かさ……羨ましくなってきた」
 誰もが思い出話に感動し、瞳すら潤ませるのだった。


「わたしなんかより、もっと恋愛事情に詳しい人が調査依頼しててもいいような気もするけど……」
 氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)は、その綺麗な面差しに柔らかな笑みを浮かべた。
 どうやら今まで誰とも両想いになった事が無いらしく、説得内容を考えるのに心底困っていたそうな。
「ま、見つけたからにはしっかり対処しないとね」
 それでもビルシャナを前にして困った様子を見せるなどできない、しっかりしないとと気を張っている。
「うん、片想いも幸せかもしれないけど、両想いの方が絶対いいよね」
 かぐらは気負い過ぎず、まるで親しい友人へ話しかける調子で穏やかに切り出した。
「ずっと両想いでいるコツ? 普段から言葉で思いを伝えることじゃないかしら」
 たとえ自身に恋愛経験がなくとも、師団で数多のカップルの恋模様を見て感覚を培ったかぐらが主張するのだ。
「『好き』とか『愛してる』だけじゃなくて、『ありがとう』みたいに些細な事でもね。思ってるだけじゃなくて言葉にしないと力を持たないって言うでしょ」
 本人がこうして言葉の重要性をよく理解しているだけに、その演説には充分な説得力が宿る。
「感謝を口に出すのは大事、よく聞く話だな」
「確かに、深い仲になればなる程、甘えが出てわざわざ言わなくなるよな」
 やはり身に覚えがあるのか、いたく納得した様子で頷いている信者達。
「言わなくても伝わるって言うのは、日頃からちゃんと伝え合ってた人達が出来る事なんじゃないかしら?」
 かぐらはにっこりと笑って、彼らへ軽い追い討ちをかけ、説得の締め括りとした。
「う……ごもっともです……」
 さて。
「片思いこそ至高か……その主張は無意味だッ!」
 宮藤・恋華(永遠不動のプロニート・e04022)は、もし実の妹がいたら躊躇いなく銃で撃ちそうな動機を胸に、一世一代の大演説を始める。
「まず、何を持って片思いと定義する? 自分が相手を好きで、相手は自分に興味が無い事と、その逆だけか? だったら、相手がツンデレで実は両想いだったらどうなるんだ?」
 最初こそ真剣に、片想いの意味を問うたり片恋ズムが孕む矛盾を突いたりして、
「てか、両思いだけどお互い好きな事は知らないか言い出せない片思い同士はどうなんだ?」
「うぐ……い、いや、それはそれで付き合って別れるよりはずっと良いんじゃ……」
 などと信者に苦しい言い訳をさせて、正攻法で攻めていた恋華。
「違う、違うんだ。片思いが重要なんじゃあない。誰かを、何かを愛しているという事実が重要なんだ」
 しかし、彼女の真骨頂はここからだ。
 今まで数多のマニアックなビルシャナ信者を言いくるめてきた実績がある。
 対案の両想い信仰へ独自の色を加え、信者達を新たな宗派で洗脳する——グッと拳を握り締める恋華は、新たな教祖としてもやっていけそうな気概に溢れていた。
「真に相手を愛しているのならば、その思いは届くはずだ。例え、住む世界が違えども! そう、真実の愛は……次元が、違う!」
 この次元とは、愛の深さ云々の話ではない。
 愛する対象の住まう次元が違うと、大真面目に言っているのだ。
「確かに、相手は私を見ていない。だが、真に愛しているのなら、その声も、姿も、妄想で補う事は出来る!」
 二次元嫁ならば、例え両想いになろうが、妄想の中で夫婦になろうが別れる心配は一切無い。
 万一フラグ管理をミスって振られたとしても、こまめにセーブしていれば幾らでもやり直せる。
 彼女の言葉には、数多の恋愛SLGを極めた自称プロの自宅警備員故の含蓄があった。
「画面の向こうは楽しい天国! けれどこっちは無価値な地獄! そうだ、現実なんて捨てちまえ! 二次元は裏切らない、決して!」
「おぉ~っ!」
 信者達も、弁舌爽やかな恋華へ巧みに乗せられて、今やオタクの道へ目覚めようとしている。
「愛は幻想!」
 そこでもう一押し、『世界は無意味に満ちている』の旋律を奏でる恋華。
「正義は欺瞞!」
 恋華の魂の叫びへ呼応する信者達。
「信念は妄信、信頼は裏切り、夢は妄想!」
 現実の恋愛が辛ければ二次元へ心だけでも逃げ込めば良い——彼らにとっての新たな救済の道が示された気がした。
「この世界で生きている事に意味なんて、無い!」
 ワァァァ——!!
 公園は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
「でもじゃあなんで生きてるのかってそりゃ私にだって嫁が居ますですしおすし! てか現実なんざ地獄ですらねぇ、むしろ地獄以下、無味無臭のクソゲーだわこりゃ!」
 軽妙なトークにしっかりオチもつけて笑いを取り、恋華はワンマンライブを終えた。
「……両想いって、良い物なんだな」
 ふと嘆息する信者の目は澄んでいた。
「そこの兄ちゃん達やメイドさんを見てたらそう思ったよ」
 正気に戻った信者の言に、ゲリンや朔太郎、ニルスが顔を見合わせる。
「俺、嫁さんと一度ちゃんと会話してみる! っと、ありがとな、そこの姉ちゃん達に兄ちゃん」
 麻美やかぐらが優しく頷く傍ら、真幸も無言で目を伏せた。
「俺は二次元で裏切らない嫁を見つけます教祖様!」
 一部の信者を首尾良く宗旨替え出来て、喜び合う恋華とラプチャー。
「おのれ、よくも崇高な片恋ズムを愚弄しおって」
 後は孤立した片恋ズムビルシャナをぶちのめすのみ。
「ビルシャナさん、貴方とは全く関係ない事なのですが大変嫌な事を思い出してしまったので八つ当たりさせて戴きます、ごめんなさい」
 謝った麻実による奇襲攻撃は隠しきれぬ殺気が滲んでいた。
 ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)は小型治療無人機で前衛の守りを固める。
「刮目して、見よ!」
 最後は、朔太郎が金の光纏った黒き巨鳥をビルシャナへ嗾け、トドメを刺した。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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