仄かなる陽、喰らう牙

作者:深淵どっと


 東京都某所。神社に咲く満開の梅の花に人々は日々の忙しなさを忘れ、癒やしの時間を過ごしていた。
 だが、その穏やかな時は空より飛来する影によって打ち砕かれる。
「殺セ殺セ! ニンゲンは全テ、皆殺シダ!」
「斬リ殺セ! 潰シ殺セ! 撃チ殺セ!」
 静謐な境内にはあまりにも無粋な暴虐が解き放たれる。
 飛来した竜の牙は瞬く間に竜牙兵へと姿を変え、梅の名所である神社を訪れていた多くの人々を血の海に沈めていく。
「恐怖ヲ刻メ、ニンゲン共よ! 我ラヘの恐怖は、主ヘの糧とナル!」
 無惨に落ちた梅の花が、竜牙兵に踏みにじられていく。
 彼らの目にはそんなものは微塵たりとも映っていない。ただただ、目の前に死の山を築いていく、それだけだ。


「諸君、竜牙兵の活動が確認された。レイヴンくんの調査によれば、出現は都内の神社だ」
「梅の名所らしい。時期ともなればそれなりに人も集まる、そこを狙ったんだろう」
 フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)の説明にレイヴン・クロークル(偽りの黒翼・e23527)が補足を加える。
 このままでは、梅の花を見に来た人々はグラビティ・チェイン奪取のために皆殺しにされてしまうだろう。
「だが、事件が起こる前に避難をしてしまえばヤツらは狙いを変え、そちらに被害が出てしまう。キミたちには、敵の出現を確認後、ヘリオンより降下をお願いしたい」
 出現する竜牙兵は3体。数は少ないがそれぞれが直接戦闘に特化している。
「真正面から正直にぶつかりあえば被害は大きくなるだろうが、逆に言えば搦め手には脆いだろうな」
「各個撃破で一気に叩き潰すのも手か。やりようはありそうだな」
 とは言え、油断は禁物である。完膚無きまでに叩きのめすくらいの気持ちで臨んでもいいだろう。
「情緒のわからん連中に何を言っても無意味だろう。逆に思い知らせてやるといい、キミたちケルベロスの実力をな」


参加者
隠・キカ(輝る翳・e03014)
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)
ドラーオ・ワシカナ(歌砕龍・e19926)
巴江・國景(墨染櫻・e22226)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
レイヴン・クロークル(偽りの黒翼・e23527)
三廻部・螢(掃除屋・e24245)
藤里・露葉(春の野に和奏想ふ・e34473)

■リプレイ


 薄紅の梅の花が、竜の牙に蹂躙されていく。
 それと共に人々の命もまた、その凶刃に奪われようとしていた。
「グァハハ! サァ、ソノ血を我ラヘノ恐怖と捧――」
「無辜なる民草脅かす悪逆非道の連中に、我が歌声千里を轟かし天誅下さん!」
 その時、竜牙兵の荒々しい雄叫びを遮る、力一杯拳が効いた口上が境内に響き渡る。
「我が名はワシカナ・ドラーオ! 貴様らを屠る者の名じゃ! その空っぽの頭によぉく詰め込んどけぇい!」
 竜牙兵の襲撃により、絶望に染まっていた空気をドラーオ・ワシカナ(歌砕龍・e19926)の声が切り裂く。
「はーい、ケルベロスだよ! みんな落ち着いて、急いで避難してね」
「怪我をしている人はいませんか? 動けない方は申し出てください!」
 恐怖は、希望によって上塗りされていく。
 ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)は器用にも色鉛筆を模したチョコを咥えながら人々に呼びかけ、藤里・露葉(春の野に和奏想ふ・e34473)は襲撃とパニックで怪我人が出ていないか、注意深く目を凝らす。
 2人の声に人々は冷静さを取り戻し、各々避難を開始し始めていた。
「現レタカ、ケルベロス!」
「恐怖ト絶望ノ贄! 逃ゲル前に殺ス! 殺ス! 斬リ殺ス!」
 逃げ出そうとする人々に向かって駆け出す、1体の竜牙兵。
 両の手に握られているのは、正に竜の牙を彷彿とさせる歪な刃。しかし、寸でのところでその一撃は同じく二振りのナイフに弾かれ、火花を散らす。
「あなたたちは何もかもに置いて無粋極まりないですね。……神が御自ら神罰を下す前に私達が引導を渡して差し上げましょう」
「恐怖と絶望の贄? 笑わせないでちょうだい。ドラゴン自体が出てきても与えられないものを、貴方達程度でどうにかなると思ってるの?」
 巴江・國景(墨染櫻・e22226)の斬撃とセレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)の操る鎖による牽制に、竜牙兵は一度引き下がり、態勢を立て直さざるを得ない。
 その間に、彼らが第一目標としていた人々は桐山・優人(リッパー・en0171)と朝霞・結の手によって境内から離れていく。
「あっちは私たちに任せて」
「あぁ、頼んだ。すぐに片付ける」
 レイヴン・クロークル(偽りの黒翼・e23527)は結と短く言葉を交わして、竜牙兵へと向き直った。
 3体の竜牙兵は忌々し気に眼孔の奥で揺らぐ鈍い輝きをケルベロスたちへと向けていた。
 その殺意は、完全に目の前の敵を殲滅することへと切り替わっているようだ。
「俺らは避難誘導に回る。恐らく、こっちのサポートまで回れないかもしれねぇが……」
「うん、大丈夫。梅の花も、たくさんの人たちの笑顔も、絶対うばわせないから。きぃたちが、ここで止める」
 竜牙兵を真っ直ぐ見据えたまま、隠・キカ(輝る翳・e03014)は戦線を離れる優人に答える。
 強く抱きしめた玩具のロボ。小さな友人は何も答えない。だが、その存在感が、心強い。
「さて……それじゃあ、そろそろ掃除の時間です」
 ひとまず、敵はこちらを倒すまで戦線を離れてまで一般人を狙う事はないだろう。
 三廻部・螢(掃除屋・e24245)は段取りを確認するように、足元のテレビウム、ルンバと視線を交わす。
「骨の髄まで、綺麗にしますよ」


「斬殺ッ! 惨殺ゥッ!」
 真っ先に飛び出すのは竜牙兵の1体。先程、一般人へ手をかけようとしたナイフ持ちだ。
「突出してきたわね、各個撃破するわ――躍り踊れ、形なきもの。舞い躍りて刃をなせ。パートナーはすぐそこに」
 竜牙兵はまるで地面すれすれを滑空するかのように姿勢を低く、一直線へこちらへと向かう。
 それを迎撃するのは、歌うように紡がれるセレスの言霊。
 言葉は風を呼び、風は刃を成し、突撃する竜牙兵を切り刻む。
「どれ、続くとしようかの!」
 他の竜牙兵はまだ出遅れている。この期を逃す理由は無い。
 ドラーオを中心に先陣を切る敵へ火力を集中させていく――が。
「ォォォオ!」
 覇気の篭った奇声と共に、竜牙兵が風刃を押し通る。
 力任せに突き立てられる二振りの刃。その前に露葉が立ちはだかった。
「ッ……今のうちに!」
 鋭いナイフの刃が肉を裂き、痛々しく突き刺さる。
 だが、隙はできた。ドラーオと國景が同時にしかける。
「あなたたちには早々に退場願います、一人ずつ、確実に」
「退ケッ! 出過ギダ!」
 ナイフ使いと入れ違うように、振り下ろされた鉄の巨塊がケルベロスを襲う。
 同時に、甲高い銃声と共に飛来する牙状の弾丸。
 サーヴァントの碧とるんばがそれらを受け、戦況は再び五分へと仕切り直される。
「やはり後ろの連中は厄介だな。抑えるぞ」
「了解です。まずは、大きなゴミから片しましょう」
 睨み合いの合間にケルベロスたちはグラビティを駆使して迎撃態勢を整える。
 連携はあまり取れていないようだが、個々の戦力が侮れない。ならば、一人一人を野放しにするのは得策ではないだろう。
 後方からの支援を潰すために、レイヴンと螢がナイフ持ちの脇を抜け、走り出す。
「逃ガスカッ! 一人残ラズ細切レダッ!」
「だめ。何にもこわさせないよ」
 走り抜ける2人に反応する竜牙兵に、キカの攻性植物が喰らい付く。
「――クァ ピェトァ ウラ ヴィッド アッド クロー クァ カミェ ムエル リゥ メヴ ロアー ハッ ヴェート ピェトァ」
 天上には赤紫と青紫に彩られた八芒星。
 ミュラの唱える呪文に呼応し、弾けた分身体は仲間たちに宿り、その心を奮い起こす。
「さぁ、ここから一気に反撃だよ!」


 激しく繰り広げられる攻防。単体での戦闘力は竜牙兵がやや上回り、最初こそその猛攻はケルベロスたちを圧巻する、が。
「一度態勢を立テ直セ! コチラデ援護射撃ヲ――」
「誰がさせるか、お前の相手は俺だ」
 竜牙兵が構えたライフルのスコープに映るのは、凝縮された地獄の弾丸と凶器を振り上げるテレビウムのミュゲの姿だった。
 レイヴンの一撃はスコープごと竜牙兵の右目を撃ち抜き、内側から燃え広がる。
「で、あなたはこっちですよ」
 同じく援護に向かおうと動き出した大槌を持つ竜牙兵だったが、不意に襲う激しい閃光に意識を取られてしまう。
 そこには画面から眩い光を放つテレビウムのるんばと、翠の軌跡を描く魔法のデッキブラシを繰る螢の姿があった。
「あなたたちが向かうまでもなく、向こうはもうじき終わると思いますよ。その次は……あなたたちです」
 閃光、火焔、氷結、稲妻。広がる翠が色とりどりに弾ける。
 そして、その一方で一つの戦いが区切りを迎えていた。
「皆斬リ殺シッ! ダッ!」
 後方支援も望めないまま、猛進を繰り返すナイフ使いの竜牙兵。
 傷付き、死の瞬間を迎えようとも敵に喰らい付くその姿勢は、敵としてはある意味で最も厄介かもしれない。――もとい、しれなかった。
「これ以上は、やらせません!」
「無様な終わりをお望みなら、差し上げましょう……!」
 直進的な動きに合わせ、露葉のグラビティが爆ぜ、竜牙兵のナイフを弾く。
 瞬間、獄炎を纏った斬撃が畳み掛けるように腹部を切り裂く。懐に潜り込んだ國景だ。
 そして、よろけた敵の頭上に躍り出るセレス。足先に凝縮された重力は流星のような輝きを宿し、弾丸のごとく竜牙兵を打ち砕く。
「まずは1体! このまま押し切りましょう」
「次は、後ろでコソコソ撃ってるあいつだね!」
 1体倒したとは言え、そこで足を止めるようなことは無い。瞬時に標的を切り替えつつミュラはオウガメタルの粒子を散布し、味方を支援していく。
「クソッ! 最早立テ直シは成ラヌカ……ケルベロスメ!」
「されていやなこと、人にしちゃいけないと思う。これは、ほんとうにあなた達のやりたいこと? やりたくないことなら、やめようよ」
 攻撃の要が潰され、竜牙兵の敗北は時間の問題だ。
 それでも尚、せめて一咬みとばかりに抗う彼らに、キカは呟きを投げる。
「笑止! 例エコノ身が砕ケ散ロウトモ!」
「我ラは竜ノ牙、獲物ヲソノ喉二通スタメに咀嚼スルノガ役目!」
 彼らは止まらない。それが敗北であり、命を投げる行為であっても、心の底からの本望なのだから。
「馬鹿モンが! ならばお望み通り、砕いてやるわい!」
 扇の一振りと、ドラーオの怒号に呼応するようにして、白雲が猛々しく吼える。
 渦巻く雲は白煙のように伸びに伸び、やがて龍の姿を象りその牙を竜牙兵へ突き立てる。熱に満ちた雲の牙は、瞬く間にその身を焦がし霧散していくのだった。
「呆けてるは無いんじゃないかしら」
「残念ながら時間です、死の足音は聞こえてきました?」
 そして、最後の1体。
 渾身の一打を螢は軽々と避け、足首に絡まるセレスの鎖に合わせもう片方の脚にファミリアをけしかける。
「これはお前らに落とされた梅の分だ。受け取っておけ」
 2人の攻撃で動きが止まった隙に、レイヴンが超鋼の拳で鎧を砕く。
「せめてあの世で悔やむことですね――!」
 そして、入れ替わりで懐へ潜り込んだ國景がその終局を飾るように、踊るような斬撃を重ねていく。
 喉元に突き立てられた刃を最後に、竜牙兵はがらりと音を立て崩れ落ちるのだった。


「ううむ実に良い咲き具合! 天晴れじゃ!」
 威勢良く扇子を開いて、ドラーオは頭上の梅の花に感嘆の声を零す。
 その手にはほんのり湯気を立たせる湯呑。中身は、梅昆布茶。
「えぇ、神社の景観と相成って、実に。心が洗われるようです」
 同じく國景も木陰で薄紅の天井を眺めて、ドラーオより勧められたお茶をすする。
 戦いが終わり、竜牙兵の攻撃により損傷した境内の修復も先ほどひと段落が付いたところだ。
「綺麗だねぇ……?」
 避難の連携も問題無く、後のことを警察等に引き継いだサポートの面々も修復を手伝っていた。
 穏やかな陽気を浴びながら、何とはなしに零す結、その隣でレイヴンも同意する。
「……綺麗だな。それに、結の髪にもよく映える」
「ふえ!?」
 何気なく、彼女の黒い髪先に触れた梅の花を手に取って、全身で驚く姿に目を瞬かせるのだった。
「まぁ、ヒールもここらが限界か……」
「優人さんたちもお疲れ様でした。そうですね……完全に元通り、とはいかなそうです」
 多少の損傷が残る梅の木を眺め、優人はため息を零す。
 露葉も同じように肩を落とし、境内の細かい掃除を買って出た螢の方へ視線を向ける。
「……やはり少しは減りましたね、梅」
 呟く螢の足元には、掃いて集めた梅の花が積まれている。
 今回の襲撃では、一般人の被害はほとんど無かったが。唯一の被害と言えば、この散ってしまった花たちだろう。
 踏みにじられ、ボロボロになった梅の花をドラーオはじっと、覗き込む。
「それでも、負けじと咲き誇るのが花じゃろうよ。……そういや梅の花言葉に美と長寿なんてのがあったのぅ、来年は婆さんとまた来たいもんじゃな」
「そうね、今年は散々な目には合ったけど……春を迎えて、ゆっくり休んで、来年にはまた綺麗に咲いてくれると思うわ」
 もうじき、梅の季節も終わる。けれど、それまで人々はこうしてこの薄紅を見上げ、癒されるに違いない。
 言霊に乗せる、わけではないが、セレスは喉元に手を当てて言葉を紡ぐ。せめて、そうあるように願いながら。
「へぇ、梅の花ってそんな花言葉があるんだ?」
 ふと、ゆらゆらと舞い落ちてきた花びらを摘まんで、ミュラは興味深そうにそれを眺める。
 もう片手は髪飾りに留めた赤い羽に触れ――脳裏に過る大切な人の顔に、ふわっと顔が緩む。
「……」
 そんな、仲間たちの賑わいから外れ、キカは損傷で少し崩れた梅の花を見上げていた。
 残る梅の花も、きっともうじき散っていってしまうのだろう。けれど、破壊されて尚、舞う花びらは綺麗だった。
「いつか、きぃがこわれても……」
 呟きは春の訪れにかき消され、花びらと共に消えていく。
 その真意は、彼女の中だけにあるのだろう。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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